ノーベル賞大村さんの評伝「大村智 2億人を病魔から守った化学者」

『大村智 2億人を病魔から守った化学者』 馬場錬成著(中央公論新社、2100円)

 アフリカに蔓延(まんえん)する眼病に効果のある抗生物質を発見し、ノーベル賞候補とまでいわれる日本人の存在はほとんど知られていない。夜間高校教師から研究者に転じ、北里研究所長に上り詰めた化学者の評伝。不治の熱病を絶滅寸前に追いやった熱情と実践が丁寧に描かれる。後年、女子美術大学理事長となる多才な一面も紹介する。

(2012年3月26日 読売新聞夕刊)

 


 

多彩な業績 偉ぶらず・・・筆者の馬場さん

馬場錬成さん

 大村智さんを取材した評伝「大村智 2億人を病魔から守った化学者」(中央公論新社)を書いた元読売新聞論説委員で、科学ジャーナリストの馬場錬成(れんせい)さん(74)に聞いた。

 

 オンコセルカ症を始めとする寄生虫病治療への貢献を考えると、いつノーベル賞を取ってもおかしくなかった。80歳の節目の年に受賞が決まり、本当に良かった。遅すぎるといってもいいくらいだ。

 数十回会って話を聞くと、科学的な業績にとどまらず、教育者、経営者、美術愛好家など多彩な顔を持つことが分かった。偉ぶるところはなく、冗談をよく言う人柄も魅力的だった。

 産学連携の先駆けでもある。米国留学で、世界トップレベルの研究体制を実感した大村氏は「帰国後は研究費が不足する」と考え、企業と精力的に交渉。1973年に米製薬大手メルクと共同研究にこぎ着けた。イベルメクチンを始めとする特許の対価は約250億円に上り、そのほとんどを経営不振に陥っていた北里研究所の立て直しや病院建設に当てた。

 ノーベル賞については、「狙って取れるものじゃない」と多くを語らなかったが、一度だけ「もらえるなら生理学・医学賞でもらいたい」と話すのを聞いた。おそらく、有力候補に挙げられながら、受賞がかなわなかった(北里研創立者の)北里柴三郎の存在が頭にあったのだろう。一晩たち、受賞が決まった実感が湧いてきた頃ではないか。(談)

(10月6日 読売新聞夕刊)

 

 

(2015年10月 7日 18:40)
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