「確かな学力」とは~読売グローバル教育フォーラム(下) パネルディスカッション

第一回 読売グローバル教育フォーラム 「大学入試改革で中高時代の学びはどう変わるか」

 教育を取り巻く現状や課題について読者と共に考える「読売グローバル教育フォーラム」が、5月11日、東京・大手町のよみうり大手町ホールで開催されました。

 第一回のテーマは、「大学入試改革で中高時代の学びはどう変わるか」。

 これは、昨年12月に文部科学省の中央教育審議会がとりまとめた答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(以下、「高大接続答申」)を受けたもので、有識者による講演とパネルディスカッションを実施。活発な議論が交わされ、約700名の聴衆は熱心に聞き入っていました。(主催:読売新聞東京本社広告局 /特別協賛:SAPIX)


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■パネルディスカッション

『中高時代の学び』その課題と展望

髙宮 昨年12月の「高大接続答申」では、「確かな学力」の3要素(「主体性・多様性・協働性」「思考力・判断力・表現力」「基礎となる知識・技能」)が掲げられました。それを高校・大学双方で伸ばし、大学入試でもきちんと評価することが、改革の柱になっています。まず、この「確かな学力」に対するご意見からお聞かせください。

 

鈴木 工業立国をめざした20世紀の日本においては、大量生産力こそが主要命題で、マニュアルを覚えて、正確に高速に再現できる人材が必要とされてきました。そのため、記憶力と反復力を重視する教育が行われ、70~80年代にその教育に最も成功した日本は、生産性の高い工場を作り、品質にムラのない製品を製造して輸出することで、工業立国、貿易立国の地位を築いたのです。けれども、デジタル技術の進展によって、お手本通りに高速に再現するのはコンピュータの役割になります。コンピュータのような精度を求めてきた教育から、人間にしかできない能力を高める教育へ、パラダイムシフトが必要になっており、それを具体的に提示したのが「確かな学力」です。

 

髙宮 「確かな学力」の3要素は突然提起されたものではなく、1996年7月の中教審答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」以降、表現は多少異なるものの取り上げられています。にもかかわらず、それからの20年間、そうした学力の養成が進行しなかった理由は何でしょうか。

 

鈴木 やはり大学入試の構造が変わらなかったことが要因でしょう。

 

吉田 そうですね。大学入試が変われば、高校教育は確実に変わります。小中学校と比較して、高校ではアクティブラーニングの機会が少ないといわれますが、大学入試に対応するために、その余裕がないのが現状なのです。

 

柳沢 「確かな学力」の中身をひもとくと、学力の主要な要素として知識はきちんと掲げられています。ただし、知識の模倣に終わるのではなく、一歩先に行くことが大切ということでしょう。具体的には、集積した知識を自分の言葉で表現できることです。それが本当の意味での知識の定着です。

 

髙宮 柳沢先生のご指摘は重要なポイントです。「高大接続答申」はけっして知識を軽視しているわけではありません。新しい大学入試では知識は不要になると誤解している向きもあるようで、不安を感じています。

 

小林 知識を含めて3要素はすべて重要であり、バランスよく高める必要があります。たとえば授業でディスカッションを導入しても、何ら知識がない状態では、浅い議論になってしまうからです。そして、知識を教える際には教員の力量が問われます。どの単元の知識でも、生徒が腑に落ちるためには、今の自分にどう関係しているかを理解することが不可欠だからです。DNAの単元なら、遺伝子組み換え作物に言及すれば、生徒は自分の生活に結びつけて考え、学ぼうとする意欲が高まるはずです。

 

鈴木 同感です。生徒は社会と学びがつながっていることを実感すれば、俄然スイッチが入ります。ですから、実験・実習・フィールドワークや、社会人に協力してもらう講座などはとても有意義です。

 

小林 もう1つ、大きな課題になるのが、私が教育再生実行会議で指摘した教員の働く環境の改善です。最近の教員は膨大な事務作業を抱えています。「主体性・多様性・協働性」や「思考力・判断力・表現力」を養う授業を実施したいと思っても、教材研究や、研修に参加する余裕が失われてしまっています。

 

髙宮 次に、高校現場で「確かな学力」を伸ばしていくために、どのような教育方法が求められるのか、議論したいと思います。

 

吉田 最近よく耳にするのがアクティブラーニングです。けれども、まだ定義が曖昧で、電子黒板とタブレット端末を活用しているだけでアクティブラーニングと呼んでいるケースもあります(笑)。私は、アクティブラーニングとは、レポート、ディスカッション、ディベート、プレゼンテーションなど、多様な「能動的な学び」を通して、生徒自身が問題を発見して、その解決方法を考える学習だと捉えています。本校でも導入しており、「確かな学力」の養成に効果があるという手応えを得ています。ただし、20名以下の少人数制でないと効果は薄く、また、電子黒板の設備など相応の予算が必要になります。高校の授業形態を変えていくには、行政の補助も大切だと感じています。

 

柳沢 生徒が積極的に発言し、生徒同士で議論を戦わせて、教員が授業の中で収斂させていくのが、私の考えるアクティブラーニングです。開成は1クラス50名ですが、そうした授業を以前から実施しており、少人数制でなくても十分に可能です。ただし、アクティブラーニングは、日本の伝統的な沈思黙考、すなわち静かに授業を聞いて、黙って考えることを尊ぶ教育観とは明らかに異なります。アメリカでは、黙っている生徒は知的刺激に応答できないとして評価されないのですが......。そうした教育観の転換が必要だという意識を皆で共有することが大切です。

 

髙宮 以前、1クラス55名の灘校の和田孫博校長とお話しした際、主体的に学ぶ姿勢を育むという視点では、「この人数でも十分にアクティブラーニングが行えている」とのことでした。

 

鈴木 灘や開成で可能だとしても、それを一般化するのは無理があります。私が担当している慶應義塾大学のゼミでも、約70名の学生が所属しているため、4名のOBを招いて、5つほどのグループに分けて議論を進めているほどです。

 

小林 大きく分けて、授業形態には、レクチャー、グループワーク、ステージングの3つがあります。グループワークまでは大人数でも可能かもしれませんが、表現力を磨くために生徒にプレゼンテーションさせるステージングは、少人数制でないと難しいでしょう。

 

髙宮 最後に、グローバル社会を生きる子どもたちに必要な力とは何か、お聞かせください。

 

小林 キーワードは「多様性に対する寛容力」です。特許の経済価値は、それを開発したチームのメンバーの国籍数と相関関係があるというデータもあります。ダイバーシティは仕方なく受け入れるものではなく、イノベーションのために積極的に受け入れようとする意識が大切です。

 

髙宮 なるほど。多様性から価値を生み出す力が重要になるわけですね。

 

鈴木 今、200年ぶりに歴史が変わる時代を迎えています。私は「卒近代」と呼んでいます。新たな技術と出会い、異文化を理解するなど、様々な未知との遭遇があるでしょう。その未知なるものを単に理解するだけでなく、いずれは自ら創造できる人材の育成が重要です。未来を予測する最大の方法は、自らそれを創り出すことなのですから......。その際、重要になるのが「メタ認知能力」(自分の思考や行動を客観的に認識する力)です。私はOECD教育局と政策対話を続けていますが、今、最も教育で力を入れるべきなのが「メタ認知能力」の養成であるという点で意見が一致しています。この能力がなければ、何のために、どのように考え、行動すればいいのか、分からなくなってしまうからです。「デザイン思考」に通じる能力でもあります。

 

吉田 最近の若者は、日本に対するプライドが失われていると同時に、日本の文化や歴史の知識が不足しているように感じます。グローバル社会では自国のことに疎いようでは通用しませんから、しっかり学んでほしいと思います。その上で、様々な国の人々の立場に立って、思いやりの心を持って接することができる人材に育ってほしいですね。

 

柳沢 最も重要なのは生活力でしょう。留学や海外赴任したときに、一人でも生きていける力です。中高時代は本能として親離れの時期であり、生活力を鍛えるべき時期なのですが、とくに男子は囲い込まれて育っています。母親は子どもの面倒を見ることが生きがいになっているのかもしれませんが、それは子どもの生活力向上の阻害につながっていることを自覚してほしいと思います。

 

髙宮 本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

(2015年7月10日 17:15)
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