異見交論53(上) 「国立大学よ、世界を見てくれ」赤石浩一氏(内閣府政策統括官)

あかいし・こういち 1961年東京生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省入省、経済産業省通商政策局米州課長、日本機械輸出組合ブラッセル事務所長、内閣官房内閣審議官などを経て、2018年7月より現職。

 日本に「イノベーション」(社会変革)を起こすための政策が次々に打ち出されている。2017年末の「経済政策パッケージ」に続いて、18年6月には「統合イノベーション戦略※」も閣議決定。それに先立つ3月には、実行部隊の一つである大学改革担当室が文部科学省ではなく内閣府に設置された。一連の構想の中核が国立大学改革だ。メリハリのある運営費交付金の配分や厳格な人事評価システムなどで、世界から優秀な学生や研究者と巨額の資金を集められる「日本社会に役立つ国立大学」への変貌を目指す。では、当の国立大学には何が期待されているのか。科学技術・イノベーション担当の赤石浩一・内閣府政策統括官に聞いた。(聞き手=松本美奈・読売新聞専門委員、写真も)


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※統合イノベーション戦略

基礎研究から社会実装・国際展開までの「一気通貫のイノベーション戦略」をまとめている。「知の源泉構築」→大学や産業界が新たな知を「創造」→創業や政府事業(社会実装)→国内外に展開→基礎研究に資金を循環――といった「イノベーション・エコシステム」を提言。分野ごとに達成すべき「グローバル目標」(ベンチマーク)も明記している。(>>PDF

 

■イノベーションだけがダメ

――イノベーションに向けた体制づくりが慌ただしく進められている。なぜイノベーションか。

 

赤石 これまでのアベノミクスは相当、成果が出ている。自画自賛かもしれないが、国内総生産(GDP)、企業収益、就業者数、民間設備投資、経常収支、生産性も向上している。M字カーブ※も解消しつつあるし、農業の輸出も増えている。観光客も僕が立てた目標は2000万人だったが、もう3000万人を超えている。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)※のポートフォリオも国内債券ばかりだったが、株にも振り向けるようになり、2017年第1四半期で約150兆円。30兆円ももうかった。

 制度面でも成果があった。総理が7月、欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)にサインをし、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)でも成果があった。世界的には日本の立ち位置はアベノミクスが始まったときとは全然違う、前向きになった。だが、イノベーションのところが、まだダメだ。なかんずく大学が...。そういう問題意識を持っている。

 

※M字カーブ

女性の労働力率(15歳以上人口に占める労働力人口)を年齢別にみると、「M字」形のカーブを描いている。結婚や出産期にいったん低下し、子育てが一段落する時期に再び上昇する傾向がある。

 

※年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)

厚生年金と国民年金の積立金の管理・運用を行っている。厚生労働省所管の独立行政法人。2006年設立

 

アベノミクスの成果

項目 アベノミクス開始前 現在 備考
GDP 名目値 493兆円(2012年10-12月期) 543兆円(2016年4-6月期) 50兆円増(10.1%増)
実質値 498兆円(2012年10-12月期) 529兆円(2016年4-6月期) 31兆円増(6.3%増)
企業収益 48.5兆円(2012年度) 75.0兆円(2016年度) 26.5兆円増(54.7%増)
就業者数 6,271万人(2012年) 6,456万人(2016年) 185万人増
民間設備投資 71.8兆円(2012年度) 82.5兆円(2016年) 10.7兆円増(14.9%増)
経常収支 4.2兆円(2012年度) 20.4兆円(2016年度) 16.1兆円増(380%増)
生産性
(1人あたり付加価値額)
756万円(2012年)
※798万円(2007年)
784万円(2015年) 28万円増(3.7%増)

 

GPI改革 ・株式等への分散投資を推進(国内債券に偏っていた基本ポートフォリオを見直し)。国内債券比率を60%→35%(2014年10月) ・年金積立金の資産状況:
 資産総額:
120.5兆円(2012年度末)→149.2兆円(2017年度第1四半期末)
国内債券の割合: 61.8%(2012年度末)→30.5%(2017年度第1四半期末)

 

世界大学ランキング 東大 26位(2011年) 46位(2017年) 2017年現在、北京大学27位、清華大学30位
京大 57位(2011年) 74位(2017年)
イノベーションランキング 4位(2012年) 9位(2017年) 政府目標=1位

 

――そういう問題意識の下、政策も打ち出されてきたのか。

 

赤石 そうだ。アベノミクス1.0は「とんでもないところから普通に戻ろうよ」だった。アベノミクス2.0は「ちゃんと回すようにしようよ」、3.0は「将来日本がちゃんと立っていけるようにしようよ」。その3.0がダメなのだ。問題意識をみんなが、おおむね共有しているので、昨年末の経済パッケージになった。そして、大学改革に結びつくと思う。

 

 

■ぬるま湯の中のカエル

――何を根拠に、イノベーションがダメだと考えているのか。

 

赤石 マインドセットが日本国内に閉じている。世界がどうなっているのか、全くわかっていない。世界がベンチマークになっていないで、「部分最適」しか考えていない。バラバラのコップの中に入ったカエル。しかもコップの中はぬるま湯、ときた。

 

――ゆでガエル寸前かもしれない、と。

 

赤石 そう、それを根本的に変えるにはどうしたらいいか。世界と競い合うには、その流れをきちんと分析する必要がある。世界で何が起きているのか、世界の大学で何が起きているのかを。そのうえで目標を見直し、「部分最適」ではなく「全体最適」を考える。それが「統合イノベーション戦略」の最大のポイントだ。だからそれぞれの所に、世界のベンチマークを設けていて、政策を統合するだけでなく、システム統合も盛り込んでいる。

 その中での大学。極めて重要な存在だ。世界で大学の役割が根本的に変わってきている。いい意味で。たとえば米国では、すでに90年代から大学で創業する仕組みになっている。

 

 

■大学は国家戦略の軸

――大学がイノベーションの核となっているということか。

 

赤石 そうそう。中国でも、大学を核に米国の知見を取り入れている。ハーバード大などに留学生を送り込み、帰国すると北京大や天津大に入って共同研究をする。大学が国家戦略そのものになっているのだ。それぐらい重要になっている。引き比べて日本の大学。「真理を探究※」から国家戦略の一つとしてとらえなおさないと、日本は勝てない。大学以外のものを国家戦略として大学を捨て去るか、ではない。今ある大学の資産を国家戦略の軸として把握し直して強化していくことが重要だ。そこで、大学改革に乗り出したわけだ。

 

※真理を探究

大学のミッションとして教育基本法に規定されている。「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない」(第7条)

 

――大学改革に乗り出してみて、何がわかったか。

 

赤石 誰もまじめに考えていない、ということだ。誰も、というと語弊があるかもしれない。個人的にみれば、まじめに考えている人はいる。だが、たとえば財務省は大学を「兵糧攻めの対象」としか思っていない。文部科学省の高等教育局はどう考えているか。「現状維持」しか考えていない。国立大学協会はどうか。「お金が足りない」と言うだけ。世界の流れを見ながら、大学はこうあるべきだという人が誰もいない。

 驚くことに、高等教育局と議論していると、「こちらには大きなビジョンがあるから黙っていてくれ」と言う。だがそのくせ、大学側には「お前ら、自分たちで考えろ」と言う。それに対して国立大学側は「丸投げするのはおかしいじゃないか」と切り返す。どこにもビジョンがなくて、誰も考えてない。

 

――絶望的なやりとりだ。それにしても、なぜ文科省ではなく、内閣府に大学改革担当室なのか。

 

赤石 第2次安倍内閣が発足した直後の2013年、アベノミクスの最初の頃、国立大学改革プラン※が打ち出された。意欲的な人たちが中心になって打ち出されたが、関係した人たちがみんな散逸し、言葉だけになってしまい、あまり進んでいない。残念だ。私が、大学改革をするべきだと言ったら、「やるのなら自分で本気でやらないとダメだ」と官邸から言われた。ならば、内閣府に大学改革室を設置するしかないと考えたのだ。文科省が動かないのだから、しようがない。設置したのは今年3月だが、昨年には決まっていた。人を引っ張ってきたり政治的な根回しをしたりで、時間がかかってしまった。

 

※国立大学改革プラン

各大学の強みを最大限に生かし、「競争力」を持ち、高い付加価値を生む国立大学への改革を強調した。「世界最高の教育研究拠点の展開」「全国的な教育研究拠点」「地域活性化の中核的拠点」の3分類が示された

 

――人が散逸......。確かに、オリンピック・パラリンピックに人を取られてしまい、国立大学改革プランも「官民イノベーションプログラム※」も迷走した。ところで、大学改革にガバナンスコードの記述があった。またガバナンスを蒸し返すつもりか。

 

赤石 国立大学には経営協議会があり、産業界の人が入れるような仕組みにはなっている。だが、産業界の意見を聞くと、「自分たちは外の視点からものを言うが、大学側は全然聞いていない」。一方、大学の人は「何も知らない人が、ちょっと来てふわっとものを言うだけ。聞く意味がない」。これでは、外の知恵が全く入らない。大学改革に意欲のある産業界の人に知見がないことが問題ならば、一緒に勉強し、大学の現状もわかってもらったうえで経営協議会の中でも助言をしてもらう。大学と産業界がそうやっていいものを作っていったらいいのではないか。それが「大学改革支援産学官フォーラム」(仮称)結成の発端だ。産業界には、大学が変わるのを待つのではなく、当事者として大学を変えていかないと日本がダメになるし、自分たちの共同研究もダメになるという危機意識を持ってほしいと再三伝えている。

 

※官民イノベーションプログラム

第2次安倍政権が発足した直後にスタート。イノベーションを起こすファンドを設けるために、東北、東京、京都、大阪の4大学に計1000億円が投じられた。

 

 

■破壊的イノベーション

――自分事として大学を変えろと。

 

赤石 産業界は、日本の大学が使えないから海外の大学と一緒にやると言っている。海外の大学がそんなに使えるのかと言ったら、使えやしない。実際に大した成果が上がっていない。日本の大学がきちんとできれば、産業界には相当頼りになるはずだ。メリットになるのだから、本気で大学を変えることに取り組んでほしい。トヨタ自動車が豊田工業大学を作ったではないか。ああいう本気度を、日本の産業界に求めたい。

 

――イノベーションでどんな社会を目指しているのか。

 

赤石 20世紀と21世紀では、イノベーションの意義も速度も規模も形態も全く変化している。ビジネスもアカデミズムも、ゲームの全体構造が変わっている。20世紀はこつこつとものづくりをすればよかった。ところが21世紀はイノベーションがなければ生きていけない時代になった。破壊的イノベーションの時代なのだ。イノベーションを起こす、少なくともイノベーションについていけなければ、存在そのものを破壊される可能性がある。それが破壊的イノベーションだ。

 

――何を根拠に、そう言うのか。

 

赤石 世界中がその危機感で動いている。AIが使えない人はAIに職を奪われるとか。グローバルプラットフォームも、自分たちで考えなければ、GAFA(グーグル、アマゾン、フェースブック、アップル)に全部支配され、通貨すら支配下に置かれる危険性がある。全世界がそれを恐れている。中でも中国と米国はそのことを理解したうえで、イノベーションの覇権争いを始めている。一昨年はまだよかった。2016年は、中国の鉄鋼供給過剰が問題とされていたが、はっと気づいたら「中国の製造業2025」が出された。製造業だけでなく、半導体、ドローン、バイオにも手を広げようとしている。そこに米国が気づいたのが昨年初めぐらいだ。何とかしなければいけないと本格的な対決モードに入り、貿易制裁、投資規制を打ち出した。21世紀は、米国と中国という大国ですらイノベーションがなければ生きていけないから、覇権争いに発展しているのだ。

 

――通貨発行という国の基もひっくり返す......。破壊的イノベーションの速度や規模は確かに桁違いだ。

 

赤石 たとえば、ヒトゲノム解析。1990年代初め、日米欧の各国政府が公的資金で解析に取り組んだ。予算30億ドルを15年間投入して進める計画だった。ところが米国のベンチャー企業セレラ・ジェノミクス社がその10分の1の金額でいち早く解析してしまった。当時、私は科技庁にいたが、国の力と産業界の力、イノベーションのスピード、その規模の変化に衝撃を受けた。最近では量子暗号だ。2016年に中国が量子暗号の衛星を成功させた。

 

2016年8月18日読売新聞朝刊

 

――盗聴やハッキングができない「究極の暗号」といわれている。

 

赤石 そう、世界を震撼させた。米国も驚愕した。日本では、まだ基礎研究段階。そしたら中国はいきなり軍事応用まで行った。同様のことが量子コンピューターでも起きている。カナダがすぐにビジネスにし、世界に広がった。いずれも基礎研究が実用化した好例だ。クリスパー・キャス9(ナイン)もそうだ。ウイルスの持つ不思議な形態を生かして遺伝子を操作する技術だが、これもあっという間にビジネス化してしまった。あのスピードは誰も予測していなかった。規模も、スピードも違う。あっという間に10億人規模の会社ができてしまう。昔のGE(ジェネラル・エレクトリック)とは違う。

 ゲームの構造も変わっている。プラットフォームという概念が広がっている。日本国内、地域という考え方が、いまは全世界制覇という考え方になっている。IBMはコンピューターで全世界を制覇した。次は、マイクロソフトが「OS」という概念でぶち壊しに来た。その後にスマホを持ったアップルがひっくり返しに来て、グーグルがアンドロイドでアップルを凌駕しに来る。グローバルなマーケットを横に切ったと思ったら、今度は斜めにズバーっと斬ってくる。その次はタテに......。そういう争い方をするようになった。ゲームの構造、シナジーと言うか、アルゴリズムが変わってしまった。

 

 

■大学への期待

――基礎研究から一気にイノベーション。そのスピード感についていくには、大学しかない、ということなのか。

 

赤石 大学の役割は、だから非常に重要だ。今の世界のスピード、規模感でイノベーションを取り入れ、自分でイノベーションを発信し、世界をあっという間に変えていく。こういうことができるようにならなくてはならない。大学は孤立せず、地元の産業界や社会的システム、世界と常につながっている必要がある。

 そういう観点からは、名古屋大学は非常にいい例なのではないか(>>vol.48)。名古屋大を中心に地元の大学がつながり、自らもベンチャーファンドを起こして産業界とつながろうとしている。松尾学長は世界の動向も知ろうとしている。ああいう拠点が、北海道にも九州にもほしい。それが世界のイノベーションについていく、あるいはリードしていく仕組みに結実してくれればいい。

 


おわりに

 6月末、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議主催のフォーラムで、ある場面に出くわした。壇上では財務省や内閣府の幹部らが、情報公開や多様な財源の確保などの努力が大学の信頼を高めるために必要だと強調した。これに対し、参加した大学人から挙がった第一声は「財務省は、文書を改ざんしたではないか」だった。森友問題で財務官僚による公文書改ざんが明るみに出たから、一矢報いたかったのだろうか。だが、それをこの場で? イノベーションの重要性、世界の動向への危機感が、官僚と大学人とで共有されているとは思えない。だがそれは、果たして両者だけの問題なのだろうか。(奈)

 


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(2018年8月28日 10:51)
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