安西祐一郎の 「2045年の学力」(10)「白紙」のままでいいよ

安西祐一郎の 「2045年の学力」 高大接続に込めた思い

 「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。

第1、3金曜日掲載(聞き手・読売新聞専門員 松本美奈)

安西祐一郎(あんざい・ゆういちろう)
日本学術振興会理事長、文部科学省顧問。前慶応義塾長・大学長。認知科学。70歳。

 

[vol.10] 「白紙」のままでいいよ


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 私たちは、頭の中に図や絵を描くことができる。それを動かしたり、形や方向を変えたり、さらには図を何枚か組み合わせて、立体を作ることも可能だ。たとえば、土台をつくり、柱と壁を組み立てて屋根を載せたら、「家」が完成する。どんな出来栄えだろう。土台や柱はしっかりしているか、形や色はいいか、屋根や壁はどんな色だろう。街ごと造ったのなら、まわりの家との調和も大切だ。少し離れて、あるいは上空から全体像をつかみ、近くに寄って細部を観察してみては? すべてが頭の中だけで自在にできる行為であり、こうした力が私たちの想像力を豊かにしている。

 「絵日記」は、この「家」づくりをノートの上に再現する行為だ。土台をつくり、柱を立て、壁をつくり、屋根を載せ......。想像力と表現力、言葉をしっかりと組み立てる力が必要で、使えば使うほど豊かになる。だから、ぜひ子どもたちに絵日記を勧めてほしい、と願うのだ。

 だが、実際に取り組ませようとすると、必ず困ったことが起きる。多くの子どもが、こう訴えるようだ。

 

 「何を書いたらいいの? 書くことないよ」

 

 「何を」書くか、「何を」したいか。これが大切だ。どれほど高性能なコンピューターでも、自らが「何かをしたい」と思うことは今のところできない。子どもに一番大事なのはその気持ちだ。人は、何かのきっかけや目標があれば、自分で考え、行動できる。やりようによってはきっと、きょう1日を振り返り、書きたい「何か」、自分の意志で取り組み始めて夢中になった「何か」を思い浮かべられるようになるはずだ。

 

 自分の過去を振り返ると、暗くなるまでベーゴマや石けり、メンコで遊んだことを思い出す。中でも、ベーゴマには夢中になっていた。

 道路に置いた台の上に小さな土俵を作り、一対一でコマをぶつけ合い、相手をはじき出せば勝ちだ。あの頃の子どもの世界のこと、大きな子に小さな子が泣かされるのは日常茶飯事。けれども、勝負の世界に子どもの序列は関係ない。勝敗を決めるのは、ベーゴマの回転速度や一定した水平バランス。もちろん、コマ自体の形や滑り具合もものをいう。

 大切にしていたのは、いぶし銀のような色をした六角形のベーゴマだった。少しへりが欠けていた。それでも、見るからに強そうな美しいベーゴマは、宝物だった。負けて誰かに渡すわけにはいかない。このコマを出すときは、「絶対に勝つぞ」と思うときだけだった。

 幼少期を過ごしたのは、東京・虎ノ門。オフィス街になってしまった今とは違い、道路のそこここに、子どもたちが石けりのための線をローセキで書いていた。夕日を浴びた街並みと建築中の東京タワーは、映画「ALWAYS三丁目の夕日」に描かれていた情景そのまま。夕焼けに染まりながら慎重にコマにひもを巻き、暗くなるまで虎ノ門の街角で遊んでいたことを、昨日のように覚えている。

 当時の私であれば、絵日記にはベーゴマについて書いただろう。負けて大切なコマをとられた悔しさ、「明日はきっと」の決意......。今の子は夢中になって遊ぶ時間が少ないのだろうか。いや、そもそも、家と学校、塾以外に、親や先生の干渉を受けず、自分で何かを考え、自分で決めて実行できる居場所はあるのだろうか。たとえ家や学校であっても、「ああしなさい」「こうしなさい」と指示を受けることのない、何をするのも自由、何をしないのもまた自由という時間があればいい。そうした経験が、書きたい「何か」を醸成するように思う。

 ただしその日までは、親はじっと我慢。「何を書けばいいの?」と子どもに聞かれても、「何も書くことがなければ、白紙のままでいいよ」と返してほしい。日付だけが書かれた白紙のページができる。ひょっとしたらその次の日も、またその次の日も、「何を書いたらいいの?」と尋ねてくるかもしれない。まだまだ我慢。ここで、「こんなことを書いたら?」「今日はこういうことをしたでしょ」と助け舟を出したら、元の木阿弥だ。どれほど白紙のページが続いても見守る。親の胆力が試されていると覚悟して、口出しは厳に慎んでほしい。

 

自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考し、これに取り組むこと

Reading literacy is understanding, using, reflecting on and engaging with written texts, in order to achieve one's goals, to develop one's knowledge and potential, and to participate in society.

 経済協力開発機構(OECD)が行っている学習到達度調査(PISA)の「読解力」(Reading Literacy)の定義だ。2000年から3年に1度行われ、2015年の調査で日本の子どもの「読解力」低下が問題視された。ただ本や新聞を読ませればいい、などという単純な話ではない。いま、日本の子どもたちから消えかかっているのは、「自らの目標」ではないだろうか。本や新聞を通して、古今東西の知識と知恵に立ち向かうための原動力が......。

 

 「何も書くことがない」。白紙の絵日記を前に、子どもが毎日、困っている。自分の目標を探そうとしている。その姿に、私たち大人はどれほど耐えられるだろうか。

【MEMO】

高大接続改革では、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」も実施し、高校教育の抜本的な見直しを進める。基礎学力の定着と学習意欲の喚起を目指した基礎テストは、2019年度に現行の学習指導要領の範囲で開始される。現行の学習指導要領にはすでに、言語活動など思考力、判断力、表現力等を高める指導内容が含まれており、2019年度から始まる基礎テストでは、こうした力を問う問題も出題される。高校段階での次期学習指導要領の実施とともに、2023年度に本格実施の予定。すでに16年度から、実施に向けた実践研究校が指定され、調査研究が始まっている。16年度の対象は、札幌英藍、出雲農林、岡山工業など10道府県12校。札幌英藍では2月13日に公開の試行テストが行われ、1年生が国語、数学、英語の3科目を受けた。

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(2017年2月17日 10:00)
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