安西祐一郎の 「2045年の学力」(7)文脈をつかむ

安西祐一郎の 「2045年の学力」 高大接続に込めた思い

 「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。

第1、3金曜日掲載(聞き手・読売新聞専門員 松本美奈)

安西祐一郎(あんざい・ゆういちろう)
日本学術振興会理事長、文部科学省顧問。前慶応義塾長・大学長。認知科学。70歳。

 

[vol.7] 文脈をつかむ


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 子どもの教育に効果がある一つの方法として、前回は「絵日記」を勧めた。何かに対する「感動」を文章と絵という異なる方法で表現する。大した作業には見えないが、実は人工知能(AI)には難しい高度な知的活動なのだ。少し前に話題になった「東(とう)ロボくん」を例に考えてみよう。

 

 国立情報学研究所が2011年に始めたプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」で開発された人工知能が、東ロボ君。入試問題や解答例、教科書などのデータから「学習」し、大学入試センター試験の模試に挑戦し続けてきた。結局、昨年も東大合格圏入りは果たせなかったが、その結果について、新聞紙上などでは、次のように前向きに報じられている。

 

 今年のセンター模試では、5教科8科目の合計で525点を獲得し、偏差値は昨年とほぼ同様の57.1となった。前回低かった物理の成績が改善しバランス良く加点できたため、有名私大の合格圏内に初めて入った。東大模試では、理系の数学の偏差値が76.2と、昨年より約32ポイントも向上。チームは「東大合格が見えてきた」としている。来年以降も東大模試への挑戦は続ける方針で、チームの新井紀子・同研究所教授は「日本の子どもたちはAIと同様に、文章の意味を深く読み解くことが苦手なことが研究でわかってきた。今後は読解力を伸ばす研究に力を入れたい」と話した。 (2016年11月15日、読売新聞朝刊)

 

■東ロボくんの成績表

センター模試 得点 偏差値
国 語 96/200 49.7
数学1A 70/100 57.8
数学2B 59/100 55.5
英語〈筆記〉 95/200 50.5
英語〈リスニング〉 14/50 36.2
物理 62/100 59.0
日本史B 52/100 52.9
世界史B 77/100 66.3
5教科合計 525/950 57.1

※東大模試の結果は記載されていません

 

 実は、認知科学と人工知能の専門家として、このプロジェクトには首をかしげていた。人工知能が長文の読解力に問題を抱えているのは、前から知られていたことで、新しい発見ではない。若い世代の読解力不足を指摘する声も今さらのことだ。

 そうした指摘に立って、「たった一つの正解を選び出す」式の従来のセンター入試では、「正解がない」時代を担う若い世代の能力を引き出すことが難しいと考え、「高大接続改革」に踏み切ったのではないか。とすると、そのさなかの東大ロボの挑戦は、科学的にも社会的にも、意味があるとは考えにくい。意味があるとすれば、私たち人間が意識せずに使っているさまざまな力を、多くの人々に知らせてくれたことだろう。東ロボくんが「苦手」とした点は、認知科学が昔から関わってきた研究テーマであり、また人工知能技術としても難しさがよく知られていたことだ。そして、その点こそ、教育再生実行会議や中央教育審議会、高大接続システム改革会議が一貫して示してきた、「学力」にほかならない。

 

 東ロボくんは、ずいぶん学習していたようではある。いや、させられていた、というべきだろうか。"本人"が主体的に学んだかどうかは定かではないから...。ともかく、「英語(筆記)」の「読解力」を問う問題では、「直前」か「直後」に解答する根拠があれば正解にたどりつけていた。だが、広い範囲で目配りをして筆者が何を言わんとしているのかをつかむ能力は乏しく、正答できないケースが多かった。

 「国語」でも同じ傾向がみられる。狭い範囲にまとまって解答の根拠があれば読み取れ、字句通りに理解することもできるようだ。ところが、解答の根拠が全文にわたるとお手上げになってしまう。抽象的に表現された文章の理解や、出題文の言い換えを求められる設問も苦手のようだ。「理科」では、その場面に応じた法則や公式を使って答えを導くことはできたが、図から必要な情報をつかんだり、文章と図を関連づけて考えたりすることはできなかった。

 「理科」に限ることではないが、従来のセンター入試には出ない問題、例えば文章を書いたり図やグラフを描いたりする問題、また文章と図を組み合わせて表現する問題こそ、「学力」を問う絶好の課題である。

 どの教科でも垣間見える人工知能の共通の苦手は、「文脈をつかむ」ことだ。人工知能は文章や図の全体を見て大づかみし、文章全体の意味を読み解いたりすることが大の苦手だ。ということは、文章や図全体で何かを伝えることも不得手ということになる。

 このあたりで、もうお分かりと思う。前回、お勧めした「絵日記」。心の中にある一つの「感動」を文章と関連づけた絵で伝えるプロセスは、大の大人が束になってかかっても再現できない「学力」を育てているのだ。子どもの絵日記をぜひ親子で読んで、語り合ってほしい。文章と絵に込めた思いを聞き出しながら。

 

 新しい年を迎えた。世界は混沌とし、ますます先行きの予測が難しくなっている。その中で、今年をどんな年にしたいか、皆さんと一緒に考えていきたい。

【MEMO】

国立大学の入試は2020年度から、「書く力」を重視する。全国の国立大学が加盟する「国立大学協会」が2016年12月、発表した。大学入試センター試験に代わる「大学入学希望者学力評価テスト」(新テスト)には、的確な構造の文章を的確な表現で記述する問題(「記述式問題」と呼ばれる)が導入されるが、その新テストに積極的に参画すると表明した。新テストだけでなく「個別試験」でも、論理的思考力・判断力・表現力などを評価するとしている。

>>[vol.8] 頭の中で図形を描く


(2017年1月 6日 10:00)
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