2045年の学力(17)思考停止と規制緩和

安西祐一郎(あんざい・ゆういちろう)日本学術振興会理事長、文部科学省顧問。前慶応義塾長・大学長。認知科学。70歳。

 「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。

第1、3金曜日掲載(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)

 

[vol.17] 思考停止と規制緩和


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 「人工知能」(AI)が一種のはやり言葉になっている。この連載の表題にある「2045年」も、2045年にAIが人間を超えると言ったレイ・カーツワィルの予言から取っている。

 前回にも少し書いたけれども、先日、政府の人工知能技術戦略会議などの主催でAI技術のコンテストが開催された。料理の写真数万枚を学習したうえで新しい料理の写真の中のどこに料理があるかを当てたり、写っている料理の名前を当てたりするコンテストである。AIコンテストはいろいろあるが、募集から締め切りまで2か月という短期間にもかかわらず、600を超える個人とグループからの応募があったのは珍しく、関心の高さだけでなく応募者の層の厚さを感じた。最高賞の人工知能技術戦略会議議長賞は、東京大学の修士課程の学生グループが勝ち取った。

 応募したAIシステムの大半は基礎的手法がよく使われ、正答率の1位は約86%だった。精度を上げる決め手は、オーソドックスな手法をどう組み合わせるかとハードウェアの能力だった。

 料理の写真を見れば分かるが、スライスして並べたパンとサンドイッチを区別できるか、丸く盛ったチャーハンと平べったく盛り付けたチャーハンを同じチャーハンとみなせるかなど、実際にはとても難しく、短期間でのチャレンジだった
ことを考慮すると、86%の正答率というのは一定の水準を達成していると言ってよい。

 ただ、人間の場合は、写真を見て何の料理か当てるのに、写真からの情報だけでなく、食べたときのにおいや味わい、誰とどこで食べたか、また料理した経験や惣菜を買ったときの経験など、自分のいろいろな経験を総合して判断することができる。

 AIも同じように経験から学習することができるし、それが従来の技術と異なる特徴なのだが、今のところは、AIが自分で食べたりキッチンで料理したりスーパーに買い物に行ったりする経験を積んでいるわけではない。したがって、上にあげたAIコンテストの場合、毎日食事をしている人間に比べると学習に使える情報はかなり限られている。この違いは実はとても大きい。コンテストの審査員だった著名な料理研究家がこう言っておられた「食べた経験がものをいうね。」

 では、AIにはできないが人間なら経験をもとに初めての事態にしっかり対応できる、と胸を張れるかというと、お世辞にもそうは言えない。料理の写真ならば人間のほうが「経験を総合して判断できる」かもしれないが、もっと複雑な問題になると、人間は経験や思考力が本当に使っているのか、怪しくなってくる。

 大人に本当に経験や思考力を活かす力があるのかを考えさせてくれる例はいくらでも挙げられるが、特に教育について考えると、一つの例として大学に関する規制緩和の問題がある。

 

 大学の歩みの中で近年行われた規制緩和の一つに、1991年の大学設置基準の改正、いわゆる「大綱化」がある。同じ年の2月に出された大学審議会の答申を受けたもので、ここ20年以上続く大学改革の一つの起点になった。ちなみに、同審議会は内閣府主導の臨時教育審議会の設置要請で誕生したが、2001年の省庁再編によって文部科学省中央教育審議会の大学分科会となっている。

 1991年は、大学数、学生数ともに右肩上がりの拡大がピークに至る頃だ。学校基本調査によると、戦後間もなく、新制大学が誕生する直前の1948年に全国で12しかなかった大学が、91年には514大学と実に約43倍にも増えていた。短大も合わせると1106校。これに伴い、学生数は11978人から2205516人と約184倍にふくらんだ。短大在籍学生も含めれば、270万人超が進学していたことになる。

 こうした時代背景を踏まえた答申の根底には、大学の規模が拡大し、進学が「広く普及した状況」となれば、当然、「研究指向」の大学や「教育に力点を置く」大学、「地域における生涯学習に力を注ぐ」大学など種々様々なタイプの大学が育つという予測、期待があった。それは、答申の文言からもはっきりとうかがえる。

 

 「各高等教育機関が、それぞれの理念・目標に基づき、個性を発揮し、自由で多様な発展を遂げることにより、高等教育全体として社会や国民の多様な要請に適切に対応し得るものと考えられる」

 

 「このように高等教育の個性化・多様化を促進するためには、我が国の高等教育の枠組みを規定している大学設置基準等の諸基準の見直しが必要である。大学設置基準等の諸基準は、我が国の高等教育の発展の初期の段階において、その水準の維持向上に一定の役割を果たしてきたが、今や先進諸国に伍して新たな世界を切り開いていく立場にある我が国において、各高等教育機関が、教育研究の多様な発展を図っていくためには、枠組みとなる基準は可能な限り緩やかな方が望ましいと考えられる」

 

 各大学で確立した理念・目標に基づき、個性を発揮し、自由で多様な発展を遂げて、国民の多様な養成に対応してほしい――大学審議会はそう願って、大学設置基準等を大綱化・簡素化するよう求めたのだ。

 

 答申で提言された大綱化の主な内容をもう少し見ていこう。少し長いが、今の大学改革の方向性を考えるうえで大切なポイントだから、お付き合い願いたい。

 

1)各大学・短期大学に開設を義務づけていた授業科目の科目区分(一般教育科目、専門教育科目、外国語科目及び保健体育目)を廃止する。

2)学生の卒業要件として定められていた各科目区分ごとの最低修得単位数(大学の場合、一般教育科目36単位以上,専門教育科目76単位以上,外国語科目8単位以上、保健体育科目4単位以上)を廃止し、総単位数(大学の場合、124単位以上)のみ規定するにとどめる。

3)必要専任教員数について、各科目区分ごとに算定する方式を廃止し、収容定員の規模に応じた総数のみを算定する方式とする。また、大学の兼任の教員の合計数は、全教員数の2分の1を超えないとする制限規定を廃止する。

4)授業の方法別(講義、演習、実験・実技・実習等)に一律に定められていた単位の計算方法を、各大学・短期大学の判断により弾力的に定めることができるよう、また、高い教育効果が期待できる演習などの授業が開設しやすくなるよう改める。

5)学部内の組織として、学部の種類によって学科を設けることが適当でない場合に限って例外的に設置を認めていた課程を、学部の教育目的を達成する上で有益かつ適切である場合は、学部の種類を問わず設けることができることとする。

6)医学部、歯学部の進学課程・専門課程を法令上の制度としては廃止する。

 

文部省(当時)はこの答申を踏まえ、91年に大学設置基準などの改正を行った。

 

 読んでおわかりの通り、どれ一つとっても重要な指摘で、おろそかにはできない内容だ。たとえば、教養教育の扱い。当時の大学教育は、教養教育と専門教育とがきれいに分かれていた。それが外され、自由に決めていいですよ、となったのだ。

 10年、20年先の世界はどう変わっていくのか。その分析の上に立って、大学はどのような存在として存続すべきなのか。そうした大きな話の一方で、わが大学の教育のミッションとは何か、それに基づくカリキュラムの設計はどうすべきか、研究をどう深め、それぞれの分野にどのような横串を指してより高い知として後世につないでいくべきか――といった広く深い議論が、各大学や、大学の枠を超えた大学人の間でわき起こり、深まるはずだった。

 ところが実際は、議論はほとんど深まらなかった。そもそも議論になっていたのかも疑問だ。確かに、ある科目を必修から選択にするかどうかで担当教員の争いは起きた。教養はそもそも実用の役に立たないから「不要」だという声に対し、「専門バカばかりつくってどうする」という反論もあった。しかし、全体的に見れば、議論としての盛り上がりには欠け、結果は「教養部」が軒並み廃止され、名称を見ただけでは学問の内容がつかめない学部がやたらと増えた。この「大綱化」の変革期に、教員間の争いを越え、自分の大学のビジョンを示し、実践した学長がどれほどいただろうか。

 思考停止の人に規制緩和したところで、何の意味もなかった、といま振り返って改めて実感する。自分で主体的に思考できないのだから、「どうぞご自由に」と言われても困惑するばかりだったのだろう。

 

 当時、私は北海道大学から慶應義塾大学に移って3年目、理工学部の教授だった。大綱化を受けての学部としての対応を聞いたときのことを、いまでも鮮明に覚えている。
  91年の某日、ある会議でのことだ。端っこにこぢんまりと座っていたら、学部の幹部教授がこう話すのが耳に入った。

 「大綱化にあたっていろいろ議論した結果、体育を選択科目にすることにしました。」
驚いた。社会の変革期に当たって自分たちが主体的に何をすべきか、何をしたいのか。学部の将来と大綱化を重ね合わせたときに、やれることは体育の選択科目化だけなのだろうか。なんともいいようのない感触が、会議の隅に座っていた私の記憶に残った。

 そのとき、もう一つ別のことも感じた。体育を選択科目にしていいのか、ということだった。「体育」は学びの基礎ではないのか。大学においてもそうではないのか。今でもそのことが頭をよぎる。体育について深く考え始めたのはその後何年か経って慶應義塾の塾長になってからで、実際に体育の授業に関する活動に携わるようになったのは、大学で体育を教えている先生方の全国組織である全国大学体育連合(大体連)の会長を務めるようになってからのことだ。昔学部の会議で聴いた体育の選択科目化は、多くの大学でも同じように進められた。その結果、体育系単科大学など体育を必修にしている大学ももちろんあるが、多くの大学では体育は選択科目になっている。

 大学の体育にいろいろ関わるようになる中で特に、大学での体育の必修化をなんとか進められないものか、なぜ必修化ができないのか、大学として必修にしたくないのか、いろいろ考えるようになった。

 この話は実はとても長くなるので、次回に続けることにしよう。準備体操をして、待っていてほしい。

>>[vol.18] いまこそ、体育を必修に


(2017年6月 5日 14:06)
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