2045年の学力(20)なぜ英語の入試に「書く」「話す」が必要か

安西祐一郎(あんざい・ゆういちろう)日本学術振興会理事長、文部科学省顧問。前慶応義塾長・大学長。認知科学。70歳。

 「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。

第1、3金曜日掲載(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)

 

[vol.20] なぜ英語の入試に「書く」「話す」が必要か


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 2020年に始まる「大学入学共通テスト」の英語は、「4技能試験」に変わる。従来の大学入試センター試験の英語で問うてきた「読む」「聞く」に、「書く」「話す」を加える。狙いは、国語と数学への記述式問題の導入と同様、自分の考えを論旨明快にまとめて相手にきちんと伝えるトレーニングの場を高校教育の中に実現することにある。

 英語ができなきゃ困る、と多くの人が言う。ところが「英語ができるとは、どういうことですか」と尋ねると、答えられる人は少ない。英文を読めることだろうか。簡単な文章なら人工知能で翻訳ができる時代だから、人工知能ではできない難しいニュアンスを英語で分かることだろうか。「How are you? Fine thank you, and you?」といった英会話ができることだろうか。何がどのくらいできればいいのだろうか。

 

 教育改革や入試改革の報道も、英語の入試となるとにわかに熱が入る。ところが「英語の入試に『書く』『話す』を入れるのはなぜだと思うか」と聞くと、多くの報道関係者は答えにつまってしまう。英語ができるということは何を指すのか、英語の入試に「書く」「話す」を導入する理由は何か、何も考えずに記事にしているとしか思えない。

 さらに驚くべきは、英語の入試が変わることについて、なぜ変えるのか、どう変わるのか、ほとんど何も理解していない英語学の専門家が大勢いるのだ。

 

 一口にことばといっても、聴音、発音、語彙、文法、意味、文脈、コミュニケーションスキル、社会環境の影響、教育の影響、あるいは脳機能の発達、その他、多くの内容を含んでいる。「読む」「聞く」「書く」「話す」それぞれに、心と脳のはたらきが重なり合いながら異なることも知られている。こんなことは、言語学、言語教育、言語発達などの研究者にとっては常識だろう。

 よく10歳あたりが英語習得の臨界期だとか、もっと幼いころから英語に親しんだほうがいいとか、あるいは小学校卒業ぐらいまでは英語よりも国語をしっかり身につけるべきだなど、さまざまな見解がある。しかし、英語ができる、英語を身につけるとはどういうことか、その中身についてまともに議論している人たちは、残念ながら本当に少ない。ご興味のある人は、大津由紀雄編「小学校での英語教育は必要か」(2004)、「小学校での英語教育は必要ない!」(2005)、「日本の英語教育に必要なこと-小学校英語と英語教育政策」(2006)(すべて慶應義塾大学出版会より刊行)をご参照いただきたい。

 そんなわけで、英語入試に関する議論でも、あるいは報道でも、英語教育についてのまともな議論はほとんどない。中1から高校3年生までなら6年間、大学に進んだら10年も英語の教育を受けながら、ほとんど英語ができないのはどういうわけだろう。おそらく一般の人たちから専門家に至るまで、英語を身につける過程について十分理解し、そのうえで英語の公教育を真剣に体を張って立て直そうとした人間がほとんどいないことにあると言ってよいだろう。

 

 英語の大学入試が変わることについても、いろいろな意見がある。とくに、総論は賛成だが「書く」「話す」に関する高校教育の準備が間に合わない、という意見がかなりある。高校の先生方も日々の仕事に多忙で、そういう意見があることは十分理解できる。ただ、すでに施行されて何年も経つ現行の学習指導要領の英語科では、「書く」「話す」の教育は「読む」「聞く」と同じように、多くのことが記されている。俗に4技能と呼ばれるこれらの技能を言語活動全般の中で伸ばしていくことの重要性は、すでに何年も前から指摘されていることだ。いまさら、「書く」「話す」の教育をどうしようという問題ではない。

 ところが、現実はそうではなく、「書く」「話す」の授業は「読む」「聞く」に比べて貧弱だ。その理由の少なくとも一つは、大学受験のセンター入試に「書く」「話す」が出題されてこなかったことにあるとにらんでいる。高等学校の教育は、教育本来の目的のためと言いながら、現実には大学への受験を目指せるよう設計されていて、英語もその一環に組み込まれている。

 実際、高等学校の英語科目における「書く」「話す」教育の現実は、>>文部科学省の「英語力調査」(PDF)でも浮き彫りになっている。

 調査の目的は、「第2期教育振興基本計画」(2013~17年度)が計画通りに進められているかを確認することにある。計画では、国際共通語としての英語力向上が掲げられ、高校卒業程度段階では50%の生徒が「英検準2級程度~2級程度以上」の力を有することを目標としている。たとえば、2015年度の調査は、3技能(読む・聞く・書く)について、全国の高校3年生約9万人を対象に、もう一つの「話す」は、このうち約2万2000人を対象に実施された。

 結果をみると、「書く」「話す」は、特に専門的な知識を必要とする問題ではなかったにもかかわらず、約2割が「0点」だった。たとえば「Writing」では、次のような問題が出題されている。

 

 最近は、偏った食生活を送ったり、1日に3食をきちんと食べなかったりする若者が増えていると言われています。このような若者の食生活について、あなたはどう思いますか。あなたの考えとそう考える理由を書きなさい。

 

 英語のテストというよりも、「どう思うか」と考えを聞かれることについて慣れていないのではないか。そのうえ、英語の文章を「書く」こともほとんどやっていないのではないか。これらの相乗効果だろうが、それにしても、5人に1人が「0点」とは驚くに値する数字だ。しかも世の中にこの調査結果がほとんど知られていないことのほうが問題だ。

 かといって、「読む・聞く」が満足のいくレベルだったわけではない。「読む」は68%、「聞く」は73.6%が、「英検3~5級」にだいたい該当するCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)の「A1」レベルなのだ。高校生はふだん、どのような英語の授業を受けているのだろう?

 こうして話していると、体内の血液がふつふつと煮えたぎってくるように感じる。少しクールダウンして、次回につなごう。

>>vol.21 「書く」「話す」英語入試で、発信力を強化


(2017年10月10日 10:12)
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