異見交論37 「学校経営はマジック」 山岡景一郎氏(平安女学院大学 学長・理事長)

山岡景一郎 1930年京都府生まれ。平安女学院理事長・学院長・大学学長。53年、立命館大学二部経済学部卒業。公務員を経て、経営コンサルタントを開業。日本おもてなし学会会長。
(写真は、学生たちから贈られた「Happy Birthday」を背に)

 80億円を超す累積債務をわずか1年で解消。学生の就職状況も改善して、入学者数も回復――まるで魔法のような大学経営で知られるのが、京都・平安女学院大学の山岡景一郎学長・理事長(87)だ。得意の手品になぞらえ、「学校経営はマジックと同じ。理解してもらわなくてもいい。肝心なのは成功させることだ」と言う。4割の私立大学が定員割れし、大学界全体に暗雲が漂う中、無粋とは知りつつ、マジックの謎解きを求めた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)


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■ぬるま湯状態で経営破綻

――2002年当時、平安女学院は経営破綻のうわさが流れていた。経営を引き受ける人がいたと聞き、驚いた記憶がある。

 

山岡 昨年亡くなったクリスチャンの妻に「平安女学院を健全な女学校に復活させてください」と言われ、まずは顧問として引き受けた。カミサマには勝てないから(笑)。

 実際、平安女学院は「死に体」だった。赤字続きで累積債務は80億円超、しかも返済期限が迫っている。一方、教職員の給与は京都府では最高級で、年収1000万円はざら。退職金は約4000万円・・・。強い労働組合の言いなりで理事会機能は破綻し、事実上、「組合立」大学だった。学生もひどかった。服装の乱れた、礼儀を知らない学生がキャンパスを闊歩していて、1875(明治8)年、キリスト教を理念に掲げて開学した伝統校とは思えないありさまだった。

 

――難問山積。何から手をつけたのか。

 

山岡 まずは人件費に手をつけた。当時、経費に占める人件費比率は81.4%、あり得ない数字だった。しかも借金までして給与を支払っていたようだ。そこで、大学に来て2か月後の2002年8月、学院改革委員会を設け、学院規定や申し合わせを全て凍結した。狙いは人件費の見直し。定期昇給や諸手当、賞与を廃止し、年俸制にすれば、3割カットできる目算だった。

 最後の話し合いの日を迎えても、労働組合は納得しなかった。部屋に入ると、組合員たちは机に頬づえをついて、完全にこちらをなめている態度だった。そこでまず机をたたいて、「その態度は何だ」と。向こうはあわてて背筋を伸ばしたものの、「やはり要求はのめない」の一点張り。仕方がない。私は腹をくくって、「私は学院を去る。明日、私が呼んだ弁護士が来る。さようなら」と言って部屋を出ようとした。組合の委員長が「弁護士が来たらどうなるか」と聞くから、「弁護士が清算人となって学院は廃校になる」と返したら、「30分ほしい。話し合うから」と。

 結局、組合はこちらの最終案を了承した。

 

――人件費比率81.4%とは、驚く。なぜそんなことになっていたのか。

 

山岡 教員も職員も、大学のことを考えていなかった。学生を教育し、社会の発展に寄与するという責任を果たさず、自分の好きなことばかりしている先生が目についた。職員にも、「どうせ大学はつぶれない」というぬるま湯状態に浸りきっている人が少なくなかった。そうした人たちの給与を上げるために組合が大きな声を上げ、理事会はその言うなりで、借金までして給与を支払う。まさに「組合立」と言っていい状況だった。

 経営陣も、理事会承認も得ずにキャンパスの土地を転売し、企業に裏融資する事件まで起こしたりしていた。上から下まで、全く機能していなかったのだ。

 

――人件費比率をどのぐらいにまで押し下げたのか。

 

山岡 2016年度の人件費総額は9億9702万円で、比率は32%だ。給与だけでなく、教職員数も減らしたからだ。教員252人(2002年度)を78人(2014年度)に、職員は90人を41人にまで減らした。幸いなことに、優秀な人が残ってくれた。うちの給与は低いが、楽しく働いてくれている。資源を集中投下できれば教育効果も上がると考え、キャンパスの統合にも着手した。学生サイドからは「就学権の侵害だ」と訴えられたが、最高裁まで争い、就学権よりも学校法人の設置権が優先されるという判決が出て、全面勝訴した。常識にかんがみて正しいことをすればいいのだ、と自信を深めた。

 

――学生の質についてうかがいたい。

 

山岡 就任当時、中高では茶髪、ルーズソックス、改造したミニスカートの制服といった姿格好の生徒が目立った。言葉遣いも乱暴で。「気品」なんてみじんもない。経営手法にも問題が多かった。そんな時に、外部の妙な人たちが同窓会と結託し、理事長が学校を食い物にしているなどと非難する怪文書をばらまいて、私を理事長から引きずり下ろそうとする動きが出た。そのときに単身、怪文書の出所に乗り込んだのが、さっき話した組合委員長だ。そもそも同窓会費も一部の人たちのレクリエーション代に回されるなど使途が不透明だったので、同窓会を解散させて「校友会」を新設した。教職員、卒業生ら平安女学院にかかわる人すべての人たちの交流組織だ。経理を透明にし、大学のサポーターとしての組織の位置づけも明確にした。今では、2970万円超の資金を抱える団体となっている。

 

――定義された大学のミッションを見ると、「危機感を共有」「一致協力」「教育を根本から見直す」といった具合に、結構、厳しい言葉を盛り込んでいる。どんな思いで書いたのか。

 

山岡 何だったろうか。感情に任せて、一気に書き上げたのだと思う。この学校はダメだ。経営者も働く人もみんな危機感を持って一体とならなければ、明日はない、と。反発する人はいた、もちろん。

 今は、このミッション宣言が毎週、みんなで唱和されている。

 

――唱和する場があるのか。

 

山岡 毎週水曜日の午前9時から、教職員全員が朝礼にそろう。もう10年以上になる。キリスト教の学校なので、黙とうに始まり、建学の精神、そしてミッション宣言を唱和する。朝礼だから、その後に、連絡や報告事項が続く。

 

■ガバナンス改革

――2015年に学校教育法の改正で、教授会の権限が制限された。学長のリーダーシップで大学改革を推進してほしい、という政財界の声が背景にあった。平安女学院ではその前に教授会の権限を制限したとか。

 

山岡 2007年6月に規定を変えた。「学部長の選出」「教員の人事」「学部の運営に関する重要な事項」などを削除して、学生の教育、指導などに限定したのだ。

 学長や学部長もかつては選挙だったが、それでは授業改革など負担のかかる改革を断行しようとする学長や学部長は選ばれない。大学が生き残れるはずがない。だから、削除した。さらに、教授会のもつ教員採用の「人事権」を理事会に移した。変更後は、理事会で決定したものを教授会に学術的な審査をしてもらうというやりかたにした。すべて理事会に諮り、理事長が任命する制度にした。どのような教員をどんな処遇で獲得できるか。それは少子化時代の大学の生き残りには欠かせない戦略だ。当然、理事会による重要な判断事項となる。

 それまでの教授会はひどかった。運動会の日程まで、何時間もかけて議論していた。しかも、わざわざ大声で延々と演説して。

 

――教員と職員の「協働」について考えを聞きたい。「教職協働」はどの大学でも課題だ。

 

山岡 きちんと学生を育てるためには、教員と職員の意思疎通と協働が欠かせない。そこで平安女学院では、学生サービス課を設け、教員と職員が机を並べて一緒に学生の相談に乗っている。現在、準備中だが、職員のうちから試験で特科講師を任命し、授業を担当してもらうつもりだ。職員代表を教授会のメンバーにすることも考えている。

 新しいことをするには、組織の簡素化も必要だ。だから、これまでは法人事務局長-大学事務局長-部長-課長-課長補佐-係長だったのを、法人事務局長-マネジャー-チームリーダーに簡素化した。職員の人事配置はすべてマネジャーに任せ、意思決定を迅速にできるようにした。

 

■出入り自由の学長室

――そうした改革で、どんな教育を実現しているのか。

 

山岡 京都で一番礼儀正しい学生を育てていると自負している。電車内で高齢者に席を譲ることもできる。

 もともと少人数の大学で、しかも教室での座席も決まっている。誰が欠席かすぐにわかる。1回欠席すると、すぐに教員が連絡している。

 学長室はいつも学生に開放している。出入り自由だ。学生の声が最も大切だからだ。投書箱も設けている。「○○先生の板書の文字が汚い」と書かれていたら、すぐに先生を呼んで、板書の文字を改善してもらった。でも「▲▲先生が2000字ものリポートを書かせる」と文句が来たときには、「2000字なんて物足りない。もっと書きなさい」と返したこともあった。

 

――抜き打ちで授業をチェックしているとか。

 

山岡 学生がどのような態度で授業に臨んでいるかに目を光らせる。あくびをしていないか、寝ている学生はいないか。そういう学生をどう注意するか。スライドだけで授業をしたり、2年続けて同じシラバスだったりする教員には、きちんと注意する。

 私の予定は、いつも学生行事を最優先にしている。そこで得意のマジックを披露する。学校経営もマジックと同じ。理解されなくてもいい。成功すればいいのだ。

 

――ワンマン経営者を自認しているとか。

 

山岡 そうだ。危機的な局面では、ワンマン経営でないと意思決定が迅速にできないし、難局は乗り切れない。教職員に対しても、理事長室のドアは開けている。いつでも理事長に対して公然と批判していい、と伝えている。徹底的に議論する。最終的に決めるのは、私だ。

「学生の居心地のよさ」を追求した学生食堂

おわりに

 「私も相当暴れたけれど、ケタが違うんだよね」とは、かつて敵対し、いったんは大学を辞した職員の言だ。かつての組合委員長は、山岡氏と平安女学院に対する怪文書がばらまかれた折、頼まれもしないのに、単身、怪文書の主のもとに乗り込んでじっくり話し合ったという。「とことん議論すると、戦が終わった後、敵がいなくなっている」と。これもマジックなのだろうか。(奈)

 


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(2018年2月 2日 10:00)
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