異見交論49 「岐阜大+名古屋大=次世代型国立大学」森脇久隆氏(岐阜大学長)

兵庫県出身。岐阜大学医学部付属病院長などを経て現職。専門は内科学、消化器病学。67歳。

 名古屋大学とともにアンブレラ方式(一法人複数大学)で大学経営に当たることを表明した岐阜大学。各地に散らばっていた学内機能だけでなく、市立岐阜薬科大まで取り込んで一つのキャンパスに集約するなど、長い年月をかけて大学の魅力づくりに努力を重ねてきた岐阜大が、今なぜ、これまでとがらりと異なる道を選ぶのか。根底の考えを、森脇久隆学長に聞いた。(聞き手・松本美奈、撮影・中根新太郎)


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■アンブレラでブランド価値向上

――どうして、名古屋大学との法人統合なのか。

 

森脇 一番の理由は、管理運営部門の統合だ。一元化でスリム化し、生み出した財源で教育研究を強化する。どの地方国立大学もそうだろうが、現状への危機感は強い。打ち破るために解決策を三つ用意し、同時に進めていくことにした。その一つが一法人複数大学だ。

 

――危機感とは、どのようなものか。

 

森脇 まず入学者の問題だ。今、入学者の分布は山を形成している(図参照)。1学年200万人の18歳人口が120万人に減り、2040年前後には86万人になる。今のままの学部構造と入学定員だと、学生のレベルは下がってしまう。高等教育機関としては、やはり優秀な学生を集め、さらに優秀な人材に磨き上げ、社会に提供したい。それを実現するために、三つの対策を考えた。

 第一に、岐阜大学のブランド価値を高める。そのための法人統合、東海国立大学機構(仮称)だ。また、現時点では本学にないものを生み出す。つまり、新しい学部の設立だ。

 

――どんな学部か。

 

森脇 「経営学部」を考えている。地元、岐阜の強みは「ものづくり」だけではない。就労人口分類でみると、90%以上が観光も含めたサービス産業で、地域の方々から、マネジメントできる人材の養成を要望されている。

 

――全く新しい学部を作るのは、少子化の下では相当難しいだろう。別の学部から定員を移し替えるのか。

 

森脇 2020年から21年にかけ、教育学部の定員見直しを行う。少子高齢化で初等中等教育の先生の需要は減る。国立大学は勝手に定員を増やせないから、定員を移し替える格好で新学部をつくる。教育学部を30人程度削減する予定で、ほかの学部から捻出した定員も合わせ、60人ぐらいの小さな定員規模でスタートしたい。

 

――なるほど、機構でブランド価値を高め、さらに時代の変化に応じて教育学部の定員を削減し、その定員を移し替える格好で地域ニーズに応える経営学部をつくる。この三つを同時に進めるということか。

 

森脇 あくまで岐阜大学としての戦略だ。名古屋大の松尾学長の考えは違うかもしれない。

 

――その違いがアンブレラの特性でもある。合併ではない。

 

森脇 QSやTHEといったイギリスの大学ランキングの重要な要素に、「大学の規模」がある。人的な規模、経済的な規模。そうした評価の面でプラスの影響が期待できるのではないか。その点では、松尾学長と一致している。

 

――つまりランキングを上げる効果ということか。確かに名古屋大は、旧7帝大では最後にできて規模も小さい。

 

森脇 岐阜大学は全部で8000人。名古屋大学と統合すれば、国内で3位か4位に入る。規模効果ばかりに頼るのは良くないが、パワーとして無視しえないだろう。そこは大事に思っている。

 

――学内で議論はなかったか。

 

森脇 今のところ、学内から反対の声は出ていない。地域の経済界もOK。「バックヤードをスリム化してフロントを強化するのはすばらしい」と言われたぐらいだ。岐阜県と岐阜市の同意ももらった。

 

――具体的に聞きたい。予算の規模や学生定員、学部・研究科、文化の違いをどうするか。

 

森脇 確かに、最も大きな問題は相互の文化が違うことだ。何しろ、教員の雇用構造が全然違う。法人が立ち上がっても、問題の全てを一気に解消するのは難しいだろう。そこでわざわざ、管理運営部門は統合するが、大学と学部は今のままとしているのだ。

 

 

■教員を学部から引き離す

――雇用構造が違うとは。

 

森脇 名古屋大学は伝統的な国立大学で、医学部の教授なら医学部に雇用されている形だ。一方、岐阜大学では、どの学部の教員も「教育研究院」という単一の組織に所属する。すでに「教教分離※」に取り組んでいるのだ。「教育研究院の教授」という形で採用し、たとえば「医学部を担当させる」という形になる。

 

※教教分離

教育組織と教員組織(研究組織)の分離。大学執行部と学部との分断の解消や、合理的な人員配置などを目指し、国公私立大学で導入が始まっている。

 

――教員を学部から引き離したのか。いつから教教分離を始めたのか。導入は、なかなか難しいと聞いている。

 

森脇 昨年4月1日からだ。特定の所に選択的に資源を集中させるには、こういう組織を作っておいたほうが物事を進めやすい。だが、これは大学の規模が重要だ。岐阜大学は教員数800人弱ぐらいだから、教育研究院の運営委員会で教員全員に目が行き届く。名古屋大学のように、2000人規模になると難しいだろう。私どもはラッキーだった。三つぐらいの組織に分ける大学もあるが、効率が良くならない。やはり一元管理し、思い切りとがっていかなければ、強みは打ち出せない。始めるまでの準備期間に3年を費やした。

 

――学長のリーダーシップを発揮しやすい環境を作ったということか。どこに力を集中させているのか。

 

森脇 力を注ぎたいところは四つある。まず、生命科学の「生命の鎖」糖の研究だ。遺伝子やたんぱく質も鎖だが、岐阜大学の場合、シュガーがつながった鎖だ。これはうちが日本で一番強い。京都大学には全般的に「鎖」に取り組む組織があった。その中の糖鎖(とうさ)研究に当たる研究者と必要な物を岐阜に移した。表に出ない地味なものだが、見る人が見たらびっくりするようなことをやっている。

 二つ目は次世代エネルギーだ。エネルギーの地産地消をめざし、社会実験段階まで来ている。岐阜県下の八百津町という人口1万2000人の町で取り組もうとしている。太陽光やバイオマスで発電し、それを水素に変えた上でアンモニアにして保存する。アンモニアなら、タンクローリーで運べる。運んでいった先でエネルギーに戻して使うのだ。

 岐阜県らしいのは、そのエネルギーを使う先が農業なのだ。後は、一般電力とどのぐらいの競争力を持てるか。電線がない山間部でも使えるのは、こちらのエネルギー。平地で比べたら、値段では15%ぐらい負けているが、大規模に動かせば解消できるだろう。次世代エネルギーは、国際展開が狙える。アフリカ、そしてアメリカでも電気が来ていない地域が多い。そういう場所で供給するのだ。

 三つ目がスマート金型だ。金型はものづくりの基本。新センターをキャンパス内に完成させた。曲げてつくる鋳造とか、たたいて曲げてつくる鍛造を「縦軸」としたら、AIとIoTでつなぐのは横軸。スマート化だ。金型は岩手大学も強いが、スマート化したのは岐阜大学だけだ。産業界との共同研究講座が一気に10も立ち上がる。地元の優良企業だけでなく、デンソーやオムロンなどの大企業も入っている。需要の高い分野なのだ。

 四つ目は医学教育開発だ。医師の教育ではなくて、それを教える人の教育学、医学教育学に力を入れる。これも岐阜大学にしかない。

 

 

■「1+1=3」になるアンブレラ

――それだけの強みがあったら、東海国立大学機構(仮称)は必要なかったのではないか。

 

森脇 いや、一層とんがらせるために必要なのだ。1類型※の大学が単独でできることは限りがあるからだ。例えば「生命の鎖」については東海国立大学機構直属とし、場所は岐阜大学に置く。そういうふうに運営すれば、規模が格段に大きくなる。「1+1」が「3」にもなる。結果的に、岐阜大学のブランド価値向上につながる。

 

※1類型

地域貢献型大学。国立大学をミッションごとに分類し、その枠での評価に基づき、予算をつける。2類型は「特色ある分野で教育研究を推進」、3類型は「世界レベルの教育研究」。

 

――学生定員はどうなるか。自民党の教育再生実行本部も国立大学の定員削減を提唱している。

 

森脇 当面は変わらない。

 

――地域貢献といいながら、アンブレラで県境を越える必要はあるだろうか。

 

森脇 岐阜大学は、COCとCOC+※に採択されている。自慢するけれど、両方ともS評価を受けたのは、うちと信州大学だけだ。そしてすでに、COC+は県境を越えている。この事業の目的は育成した人材の地元定着だ。岐阜県は若者を進学の段階で流出させてしまう側の県。だから、一番多い流出先、愛知の大学と連携している。中部大や名古屋学院大、日本福祉大など。現に取り組んでいるプロジェクトで、もう県境は越えているのだ。

 

※COCとCOC+

Center of Community。いずれも文科省の補助事業。地域の自治体と連携し、その課題解決に対し、全学的に取り組む。COC+は、雇用創出と、若者の地域定着も狙った。

 

――なるほど。むしろ県境の方が現状に合っていないということか。

 

森脇 古田・岐阜県知事に説明したときに、「道州制の先取りだな」と言われた。行政の人の目には、そう映るのだろう。

 

――国立大学は財源の多様化が求められている。戦略はあるか。

 

森脇 予算規模は、昨年度が400億円で、うち28%を運営費交付金が占めた。今年度は408億円。運営費交付金はこれから先、減っていくだろう。となると、産学連携が大きくものをいう。スマート金型では、間接経費※が入ることになっている。10企業が全部、それぞれ300万円の予算をつけてくれる。それだけ集めれば、センターを運営できる。

 

※間接経費

研究費を獲得した研究者の所属大学などに対して支払われる資金。研究成果で特許をとる際の出願費用など。

 

――10年後には、財政はどのような内訳になると予想しているか。

 

森脇 運営費交付金は大体20%、今より1・2%ぐらい減らされているだろう。全体の収入の50%を病院から得ているが、これから高齢者人口が減り始めて医療需要は落ちる、保険診療の点数も頭打ちとなると、これ以上、増えないだろう。

 そこで、外部資金を増やしながら運営費交付金の減少をカバー、補填する。授業料収入の拡大は、ブランド価値がもっと上がった将来は可能かも知れないが、今は無理だ。

 

――一法人複数大学について、学生から意見は出てないのか。

 

森脇 出ていない。ブランド価値をどう捉えるか。名古屋大学に入れなかった学生もいるだろうから。

 

――この話は名古屋から来たのか。

 

森脇 2、3年前から、いずれはこうなるだろうと松尾先生と話していた。先生とは個人的なつながりも強い。ともに病院長の経験者で、同じ兵庫県出身、生まれた町そのものが車で10分ほどしか離れていない。さらに、両方とも内科だから、当然、親しくなる。先々のことを考えたらどうすればいいか、お付き合いの中で自然に俎上に上っていた。

 ただ、大学の文化が違う。それを大事にしながらいかに進むかが難問だった。そこで松尾先生が考え出したのが、一法人複数大学だ。

 

 

■成果は「700分の2」

――国立大学とは、何か。

 

森脇 科学を維持し、発展させるための一番基盤的な組織が国立大学。科学は国を支える基本であり、科学マインドを持った人を育てるということだ、それを国の費用で行えることが、最も重要だ。

 今は残念ながら中国に抜かれている。米国には遠く及ばない。目先の結果を追いかけるのも大切だが、そうではない部門を作っておかないとまずいのではないか。僕自身の経験から言うと、これまでチームで研究論文を700以上発表してきた。内科では、病気を見つけるか、診断法を見つけるか、治療法を見つけるか.薬を作るか、どれかを最終的な目標にする。岐阜大は伝統的に薬を作ることを到達目標にしてきたが、実際にそこまでいったのは、2つだけだ。

 

――700分の2か。相当たくさんタネをまかなくてはならないということか。しかもタネには水と栄養が必要だ。

 

森脇 そう。そして研究論文の裾野を広くしておく必要がある。だが、支援が薄い。最初の段階での支援は国のお金だけ。ある程度成績が上がると、今度は科研費が出てくる。さらにいけそうだとなって初めて、産学連携で産業界からのお金が期待できる。もっと進めばベンチャーもできる。だが、岐阜大学では、今のところ13しかできていない。しかも生き残っているのはわずか5で、収益を上げているのは1だ。エグジット(上場)はない。科学の成果は、そのぐらいの頻度でしか期待できない。だから、よほど裾野を広くしておかないと、10年先、20年先の科学技術立国、日本の存在は危ない。もうすでに危ないが。そこを手厚くするのが国の費用、それを受けてきちんと働くのが国立大学の使命だと思う。薄くしてはいけない。

 

――税金を投入する正当性はあるということか。

 

森脇 国の将来のためだ。

 

――法人化をどう評価するか。

 

森脇 (京都大学長)山極さんの意見は知っているが、僕自身は評価している。弾力的な運用がしやすくなったし、人も金もエフォートに合わせて動かせるようになった。以前は全くタテわりだった。予算そのものも、人そのものもタテわり。だが法人化によって、教教分離で解消できた。

 

――配分の仕方はどうか。三つに分けて。

 

森脇 実利的な話だが、配分の仕方、評価の仕方に問題があることは承知している。ただ、慣れてきたし、使いやすい。ここでルールが変わると、また最初からやり直しとなる。しばらくはこれでやっていただいきたい。3類型も。学長裁量経費はやりやすい。なくてもできるはずだが、説明がつきやすいし、政策的な投入も可能だ。

 

――先生は内科が専門だ。今の国立大学を人間にたとえると?

 

森脇 わりと健康。ただし、全てのパーツが万全かというとそうではない。あちこちにガタが来て、全体に疲弊している。とんがった部分については、投資しているから元気だ。そうではない基盤的なところに疑問符がつく。

 

――岐阜大+名古屋大=何?

 

森脇 次世代型国立大学だ。大学は、理事会組織と教学組織が全く別物となって運営されるのがいいと思う。経営については理事会組織が責任を持ち、教育については教学組織が自由にできる。それに近づく第一歩がアンブレラだ。カリフォルニア大学の組織のように、大きな組織の下にたくさんの大学があって自由に教育ができる。あれが一番いい。

 


おわりに

 「岐阜大+名古屋大」を当事者の両学長に間を置かずに尋ねたら、似通った答えが返ってきた。新しい大学をつくりたいという、共通の強い意欲がにじむ。裏返せば、それほどまでに国立大学は追い込まれているのだろう。特に規模の小さいところは、存亡の危機にあると表現しても、過言ではない。さまざまな名目に充てられる「競争的資金」の出所は、「運営費交付金」。小規模ほど、はぎ取られる交付金のダメージが大きいのだ。

 とは言え、アンブレラは簡単ではない。学内を説得できる「学長のリーダーシップ」が不可欠だからだ。実際、今回のケースでも「学長が学内をまとめられなかった」(関係者)ために不参加を選ばざるを得なかった大学もあるという。

 一方で、そのリーダーシップが岐阜大学にこれほどの宝物を育てていたとは驚きだった。次世代エネルギーなど、どの事業にも夢がある。国が進める国立大学の「三つの種別化」で、そうした芽を伸ばせるのか。改めて、その意味が問われる。(奈)

 


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(2018年6月29日 10:00)
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