成否を握る産業界の支援 国立大学運営費交付金改革(下)

橋本和仁 東京大学教授 (産業競争力会議 新陳代謝・イノベーションWG 主査)

 国立大学改革の今後の道筋を示した産業競争力会議「新陳代謝・イノベーションWG」の「基本的な考え方」。全国立大学86校を三つのグループに分けることでそれぞれの強みを最大限に引き出し、新しい産業を起こし、社会に活力を与えることが狙いです。大学改革の成否を握るのは、産業界の支援だと「新陳代謝・イノベーションWG」主査、橋本和仁・東京大学教授は語ります。シリーズ最終回は、将来を見通した改革像を聞きます。

(聞き手 読売新聞 松本美奈)

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◆米国の改革を後押しした企業財団

――国立大学の人件費などを積み上げた運営費交付金を削った分、国は競争的資金に回してきました。競争的資金制度は、各省庁がそれぞれ定めたテーマで研究課題を募るプログラムをつくり、審査を経て採択した研究者らに研究費を出すシステムです。省庁がそれぞれ行っていることもあり、内容が似通ったものが多く、全体設計に欠けているように見えます。


橋本 その通りです。さまざまな競争的資金プログラムが乱立し、多くが期限付きで、長くても5年程度で消えていきます。そしてまた新たなプログラムが現れる。研究者は、同じ研究テーマでは引き続き資金を獲得することが難しいため、次々とテーマを変えていく必要がある。結果として、いつも申請書や報告書作成に追われ、研究者側から言えば、落ち着いた研究どころではなく、研究の質の劣化につながる。この10年間の「競争のない交付金から競争的資金へ」との大きな政策の流れの中で起きてきたことですが、全体設計が欠けていたといわざるを得ないのではないでしょうか。

 いま、運営費交付金改革が進められようとしています。この機会に競争的資金もそのあるべき姿、全体像を定め、運営費交付金と一体的に改革していくべきではないでしょうか。


――資金全体の見直しは研究の質を上げるためには欠かせないということですね。


橋本 ただ、交付金と競争的資金のいずれも国からの資金であることには変わりません。税収が頭打ちになっているのですから、これらの資金の総額が大幅に増えることは難しいでしょう。しかし一方で、大学が進化していくにはどうしても資金が必要です。この矛盾を解決するのは、財源を多様化するしかないでしょう。企業や民間財団からの資金、これらを大学の機能強化にも使える仕組みの構築が必要です。

 これには良いお手本になりそうな例があります。慶応義塾大学の上山隆大教授によれば、現在我が国の置かれている状況は1970代後半の米国とよく似ているそうです。当時米国では、それまで比較的潤沢にあった公的研究費が急激に落ち込み、大学の研究環境が悪化し、研究者の間には「資金獲得に追われ、研究する時間がない」「研究資金が出口指向型プロジェクトばかりに流れている」「プロジェクト資金による不安定な雇用が主流となり、研究職の魅力が薄れている」など不満が渦巻いていたそうです。それを80年代に大胆な大学改革と研究資金改革を行うことで乗り切り、現在の国際的に研究競争力の高い米国の大学を導いたわけですが、その際に大きな貢献をしたのは、国よりも民間財団だったそうです。大学側が提案した研究分野に対し、財団が資金を援助していく。最初は少額でも、少しずつ大きくし、産業を育成していったのです。


――でも日本では難しそうですね。


橋本 財団だけでは難しいでしょう。しかし、産業界からの共同研究費に、一部この役割を付加するということはできないでしょうか。すなわち、共同研究費にも大学の基盤的経費を担う意味で間接経費を計上するのです。日本の大学はいま大きく変わるため、血を流す努力をしようとしています。だから産業界も力を貸していただきたいのです。その際、大学の変革に対して、口を大いに出してもらってよいと思います。しかしその一方で、援助もしてほしいのです。いきなり寄付しろと言われても難しいでしょうが、すでに企業が行っている大学との共同研究費に総額を変えないで間接経費をつけることは抵抗がすくないのではないでしょうか。もちろんその結果、直接経費は減ることになりますが、研究基盤が改善されれば研究効率も上がり、結果としてはより有効な資金の利用につながるはずです。これは産業界にとってもメリットになるはずです。


研究費受入額の推移

――ほかにも産業界にとってのメリットはありますか?


橋本 研究成果が上がり、かつ産業界が望む研究分野の研究や人材の育成を誘導できるということです。「大学人は自分たちの興味だけで研究している。作り出す人材も求めているものと違う」と思うのであれば、社会が望んでいるのは何か、間接経費という形で資金を提供し、そして口も出せばいいのです。

 国立大学が変わるには、財務体質の改革が不可欠です。国からのお金、税金だけでなく、多様な財源を持ち、運営できる大学を目指す必要があります。それがグローバル競争に求められる大学のありようですから。グローバル競争に勝ち残れ、と大学に迫るのであれば、やはり産業界にもぜひ協力してほしいのです。それによって新しい産業を開拓するチャンスが広がると確信しています。

 もちろん産業界が学問の府である大学に口出しをすることを嫌う大学もあって当然です。そのような大学は、産業界と手を組まなければいいのです。それは自由です。


◆若手の雇用環境改善への道筋

――先ほど、産業界からの間接経費で「大学にメリット」というご発言がありましたが、それには「若手研究者の安定雇用」も含まれますね。


橋本 もちろんです。国立大学が生まれ変わるには、若手研究者の安定雇用が重要な課題の一つです。いまのように直接経費として研究者に入ってくる研究資金を雇用財源にするだけでは2、3年、長くても5年という短期雇用しか結べません。けれども間接経費として大学に入るもの全体で考えれば、年度ごとに凸凹はあるにせよ、ある割合は安定した雇用財源として使えるはずです。それで運営費交付金減額で削られた若手ポストを復活させる。産業界からも間接経費をいただくことができれば、以前よりさらに強化できるかもしれません。こうした形で雇用資金の基盤を築きます。

 さらに、国立大学の給与体系にもメスを入れるべきでしょう。国立大学では年功序列型賃金、つまり年を重ねるほどに給与が上がっていくシステムが一般的です。企業では50代後半から60歳から給料が下がる仕組みと聞いていますが、ほとんどの国立大学ではそうなっていません。ですから、たとえば60歳になったら年俸制など多様な給与体系を組み込み、国立大学法人が負担する給与分を減らし、その分を若手に当てていきます。多様な給与体系を組み込むことで、活躍する力のある人はさらに収入が増え、そうでない人は減る、という企業なら当たり前の話でしょうが。


◆若手研究者の安定雇用に「卓越研究員」制度創設

――「基本的な考え」は「卓越研究員」について提言していますね。


橋本 若手研究者の安定した雇用を確保し、一方で流動性も担保することを狙っています。

 若手を「卓越研究員」として国が一定期間、たとえば10年程度、直接雇用します。若手研究者はその間、どこで研究するのか自ら選べるようにするのです。つまり、流動性が保てるということになります。国に雇用されながら複数の大学、研究室を渡り歩き、武者修行ができ、研究者としての質を向上できるのです。

 その先は、大学が終身雇用してもいいし、国が終身雇用するケースもあるでしょう。


――国が終身雇用?それは「基本的な考え」には書かれていませんね。


橋本 ここから先はまだ完全に私個人の案です。そのようなポストがあれば大学としては、雇用経費を払わなくても優秀な研究者を確保できるのですから、まっとうな経営者だったら是非、来て欲しいと願うはずです。もちろん大学だけでなく公的研究機関も競争に参加させるべきです。優秀な研究者を誘致するために、研究環境を整備して、良い条件を提示したいという大学や研究機関の間で競争が始まるでしょう。その競争が、流動性も担保してくれます。例えば東大にいる卓越研究員が、大阪大学の方がより良い研究環境を提供してくれると判断したら、そちらに移るでしょう。

 しかし、このような終身雇用ポストを、国が現在負担している研究者雇用経費の総額を増やさないという条件の下で行わなければならない。すなわち、大学や国の研究機関がそれぞれ負担している雇用経費を国が運用する共通の機関に移さなければならない。これは極めて困難な作業です。そのためのアイデアも持っていますが、さらに慎重な検討が必要です。


――研究者があちこちの大学を渡り歩いて武者修行できるという一面もありますね。同時に、切磋琢磨で新しい分野を開拓できる可能性を秘めているわけで、研究という面からもメリットが期待できそうです。けれども、これは国立大学の法人化と矛盾しませんか。法人化とは、国から独立した経営体であることを意味するのに、その経営体の研究ポストを国に差し出すというのは趣旨に反すると思います。


橋本 そう矛盾します。ですが、いまの研究室制度を変えることは、デメリットよりメリットの方がはるかに大きいと思います。今の大学の研究ポストは大学に属しているというよりは、教授ポストは学科、大学院では専攻に、若手研究者ポストは講座担当教授に属している、というほうが正解なのです。これは研究分野が固定されやすい制度です。研究は自由、といいながら、年配の研究者、教授の興味・関心の範囲に限定されがちになります。イノベーションは、若い人を中心に、新しい分野、新たな融合分野を切り開くことが必要です。国が研究者ポストをプールする制度を導入することで、イノベーション環境は大きく進展する可能性があります。


――大学の風景ががらりと変わる可能性があるのですね。


取材風景

橋本 そうです。これも上山教授からの受け売りですが、1980年代にアメリカは強い危機感のもと、国、産業界、大学の連携で改革を進め、競争力のある大学を作り、今日の繁栄を築きました。多様な財源を持ち、マネジメント能力に長け、優秀な研究者を抱えた大学、つまり、グローバル競争に勝てる大学です。いま日本に必要なのは、国を支える産業をつくり、一方では地域を活性化させて世界と戦える地域にすることです。それを牽引する原動力は、やはり国立大学です。

 国立大学に運営費交付金が減らされているのは、財務当局に「投資しても無駄」と思われているからです。いま投資効果のある大学に生まれ変わろうとしている国立大学を、ぜひ応援していただきたい。

 ここ10年ほど私は古代史に興味を持ち、いろいろな本を読みあさりました。その中で気づいたことがあります。20世紀とは、長い人類の歴史の中で極めて特殊な100年だったということです。飛躍的に科学が進展して多様な技術が生まれ、社会の様相が大きく変わりました。ある意味で異常な時代だったともいえます。

 地球温暖化や資源枯渇、さらには格差など様々な問題を抱え、私たちはどう生きていくのか、岐路に立たされているのです。まさにイノベーション、社会変革を迫られているのではないでしょうか。だからこそ、新しい種が芽を出し葉を茂らせることができるよい土壌を、知の府である大学が競い合って作らなくてはいけない。10年、20年、50年先を見据えた大学、いや社会改革に直面しているのだと思っています。



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(2015年2月20日 11:10)
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