大学図書館の外部委託を憂う

 大学図書館が姿を変えつつある。学生が討論できるスペースやカフェの併設といった外観の変化だけではない。選書や蔵書の分類、目録作成を大手書店に業務委託するなど、内部いわば心臓部に変容が及んでいるのだ。大学の財政難を背に、「館長以外すべてよその人」となった図書館も出ているという。こうした現状をどうとらえたらいいのか。付属図書館長を経験したこともある有川節夫・九州大学前学長に聞いた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)


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有川節夫(ありかわ・せつお) 九州大学前学長。専門は情報学。同大付属図書館長を10年近く務め、国立国会図書館科学技術関係資料整備審議会委員長などを歴任。74歳。

――ここ数年の大学図書館の変わりようは、目を見張るものがありますね。全館ガラス張りのおしゃれな建物だったり、カフェを併設していたり。

 

有川 ずいぶん変わりました。昔と同様、静かに本や資料を読むスペースの一方で、学生同士が討論したり、グループ学習したりできる場所を確保する大学が増えています。授業で使う資料をまとめたコーナーなどを設ける図書館も少なくありません。やっと学習支援の施設としても、認知されるようになったのです。

 

――「やっと」ということは、もともとそういう施設ではなかったということですね。

 

有川 そうです。大学を評価する団体「大学基準協会」の「大学図書館基準」には、設備や蔵書のあり方について定めています。けれども、ほとんどの大学が未達成。かつての九州大学も例外ではありませんでした。

 

――学習支援を目指した設備、蔵書になっていなかったのですね。それでどうされたのですか。

 

有川 館内の書架に並んでいるのは、教員の使い古しの専門書でした。学生が自ら学ぼうという意欲を喚起するような蔵書をそろえるという発想がなかったのです。さらに、蔵書を通して学生と学習との橋渡しをすべき職員に、専門知識も意欲も不足していました。

 そこで図書館長として2001年、学習支援を主眼に図書を選ぶ基準を作って蔵書類の充実に着手しました。学習図書館としての存在意義を明確に打ち出したのです。これを手始めに、職員の異動間隔を伸ばして専門家育成にも力を注ぎました。さらに非常勤職員を雇い入れて早朝も開館するなど、学生の利便性向上に取り組みました。その結果、来館者数、貸出数ともに、学習施設として定着できたことを示す数値を出せるようになったのです。たとえば、ここ5年間で学生の入館者数が年間で100万人を超え、図書の貸し出しも年間で1万冊ほど増えています。今はなんでもネットで検索できる時代、しかも九州大学はキャンパス移転の最中でもあったのですから、なおのことうれしい成果です。

 

――欧米の大学図書館には必ず「専門家」がいると聞いています。その取り組みで、欧米と肩を並べられる専門家が育成できたのですか。

 

有川 それは「サブジェクト・ライブラリアン(SL)」のことですね。残念ながら、十分ではありません。欧米の大学図書館にはSLが複数います。一般の図書館員と異なり、ある専門分野の資料を選んで収集し、目録を作成し、学生や研究者に内容や価値を説明するなど、高度の専門知識と技術を有する博士号取得者です。現代のような高度情報化社会では、どこにどんな先行研究があるのか素早くつかみ、価値判断できる専門家が必要です。けれども、日本ではいまだにSLは根付いていません。

 そうした現況の一方で、いま急速に広がっているのが業務の「外部委託」です。

 

――どのような業務を委託しているのでしょうか。

 

有川 貸し出し・返却の受け付けや書架の整理だけでなく、どのような蔵書を入荷するかを決める選書や、蔵書の分類・目録作成も外部にまかせる図書館が現れています。委託先は大手書店や人材派遣会社が多く、館長以外はすべて外部から来た人という図書館も珍しくない状態です。

 

――その原因はどこにあると考えていらっしゃいますか。

 

有川 要因は大学の財政難にあります。国から基礎的な運営資金の配分を受ける国立大学ですら例外ではありません。2004年の法人化以来、運営資金を毎年1%ずつ削られ、どの大学も人件費節減を迫られています。さらに円安もあって海外の図書や電子ジャーナルの値段が高騰し、九州大学でも年間で約5000万円も負担が増えました。

 

――確かに、外部に委託すれば、一定程度のコストカット効果は期待できますね。

 

有川 それは否定しません。けれども、合理化の推進を大学側が前面に押し出せば、業務委託された業者は性急にコストカットを推し進め、学生や教員へのサービスが低下することは容易に想像できます。次年度も契約をとろうとすれば、今年度、どこまでコストカットできるかを当然考えますから。

 もちろん専門家育成は一層困難となります。つまり、大学図書館としての体裁だけを備えた施設が残ることになりかねないのです。

 

――大学図書館として、いや大学としてそれでいいのか、大いに疑問です。

 

有川 さらに私が懸念するのは、オープンサイエンスへの対応が難しくなることです。オープンサイエンスというのは、大学などが持つ研究論文やデータを社会全体で共有し、自由に活用することで新たな知の創造を図ろうという、国際的な動向です。今年3月に私が委員長を務めた政府の委員会で方針がまとまりました。報告書では、日本でのシステム構築の重要な核として大学図書館を挙げています。けれども、外部委託が広がっている図書館に、そのような力を期待できるのでしょうか。

 歴史的にも、図書館は大学そのものです。大学の原型は中世ヨーロッパで誕生しました。13世紀末にパリで学寮図書館が開館して以来、図書館は大学における知の創造・継承活動に不可欠な組織として発展してきました。また、日本でも、図書館は、大学を構成する必須の施設・組織として位置づけられています。近視眼的な運営や業務委託は厳に慎むべきだと、考えています。

 


おわりに

 「もう何か月も、たくさんの本が倉庫で眠っている」と、ある大学の図書館で職員から耳打ちされた。蔵書の分類や目録を作成する専門職員が異動になり、いまだに後任が来ないため、入荷した数千冊の書物がほこりをかぶっている状態なのだという。その図書館でもすでに貸し出し受け付けや書架の整理などは大手書店に委託していたが、蔵書の分類や目録作成など重要な業務については大学職員が対応することになっていたのだ。惨憺たる有様にしびれを切らし、「外部の人でもかまわないから、蔵書分類のスキルのある人の補充を」と大学当局に要望を繰り返しているという。

 ことは外部委託の是非に終わらない。オープンサイエンスという国際的な動きに、学問の府の核となる図書館の足元が揺らいでいて、ついていけるのだろうか。(奈)


 

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(2015年5月27日 05:30)
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