異見交論28「留学推進に成果の可視化が不可欠」木村 孟氏

木村 孟 大学改革支援・学位授与機構顧問。東京工業大学学長、東京都教育委員会委員長などを歴任。「スーパーグローバル大学」審査委員長。78歳。

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 海外留学の結果、留年する大学生が増えている実態が、読売新聞「大学の実力」調査※で明らかになった。休学してのぞむ私費留学だけでなく、本来留年しなくてもよい大学間協定による交換留学でも目立っている。留年を恐れず世界に飛び立つ、意欲あふれる若者が育ちつつあると歓迎したいところだが、留学を推進する立場の木村孟・東京工業大学元学長は意外にも......。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)


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※「大学の実力」調査

 受験生に、偏差値や知名度によらず大学選びをしてほしいと2008年に始めた調査。国内の全国公私立大学を対象に、退学率や卒業率、留年率、就職状況などの基礎的なデータのほか、今年は「書く力」を中心に、教育の実態について尋ねた。16年の回答率は91%(682大学)。

 

――今回の調査結果に対して、木村さんが大変憂慮されていると、読売新聞「大学の実力」調査の検討委員会座長、清成忠男・元法政大学総長にうかがいました。

 

木村 調査で、海外に留学した結果、留年した学生が増えていることが明らかになりましたね。これは留学を推進してきた立場としては見過ごせない、憂慮すべき現実ですよ。

 

――今回の調査では留年率も出しましたが、確かに、4年制の学部の留年率上位に、留学に力を入れている大学・学部が並びました。大阪大学外国語学部の68%を筆頭に、東京外国語大学国際社会学部(66%)、同大言語文化学部(65%)など、外国語や国際社会を専攻する学部が目立ちます。私費留学だけでなく、大学間協定による交換留学でも多いのは、就職戦線と帰国時期が重なるため、中途半端な時期に参戦するよりは、留年して次年度に臨むのが得策と考えるからだということです。なぜこれが、憂慮すべき現実なのですか。

 

 

■「トビタテ」の裾野は広がっていない

木村 留年率が高い外国語などの学部生は、そもそも外国への関心が高い層です。留年をためらわず留学に行く意欲のある学生が増えた、ということではないのですよ。

 むしろ、留学を望む学生の裾野は広がっていない現実を、私たちは直視しなくてはいけません。

 

――最近は予備校まで海外留学コースを設けている状況で、文科省が推進する「トビタテ!JAPAN」が浸透しているのかと思っていました。

 

木村 とんでもない。国立大学協会が2007年、加盟大学に尋ねたところ、学生が海外留学に挑まない理由のトップは「帰国後、留年する可能性が大きい」(68%)でした。東京大学の学生を対象にした09年の調査でも、経済的負担に次ぐ懸念材料が、留年の可能性でした。留学すれば留年が避けられないと思われたら、挑戦する若者は減ります。こうした調査がその予想を裏付けるでしょう。

 

――留年の危険を冒してまでの価値を留学に見いだせない、と思われているのかもしれませんね。

 

木村 文化や言語が異なる人々と協働できる力を身につけるには、留学は格好の場です。少子化で人口減少の進む日本社会の未来にとっても、若者の成長は大きな意味を持ちます。年間約77億円もの国費を投入し、学生や教員の流動性を高めようとする「スーパーグローバル大学」事業が始まったのも、そのためです。

 東京都教育委員会が11年、都立高校2年生7674人を調査したところ、将来の留学を考えている生徒は28%でした。留学に消極的な世代が続いているのです。だからこそ迅速な対応が必要なのです。

 

――何がどう変われば、こうした現実を変えることができるとお考えですか。

 

木村 企業が変わること、これが最も大切です。留学を敬遠する風潮の底には、いまだに一括採用中心の大企業の姿勢があります。実際、就職活動に乗り遅れまいと、留学を打ち切って帰国するケースが後を絶ちません。企業はグローバル人材を求めていると言いながら、行動にそれが現れていないのです。

 日本には伝統的に年齢至上主義が浸透しています。18歳で大学に入り、4年で卒業して就職......といった具合に、人生設計が年齢で決まってしまう傾向が根強いのです。そうした枠から自らの努力で踏み出せと、若者だけに求めるのは酷でしょう。

 

――なるほど。ではどうしたらいいとお考えですか。

 

木村 まずは企業への提案です。年齢主義の弊から脱却するためにも、企業が一括採用をやめて通年採用とし、留学した学生には特別枠を設けるよう提案します。大きな突破口になるでしょう。企業側の理解を得るには、大学の努力も欠かせません。

 

――大学にどのような努力を求めますか。

 

木村 留学した学生がどんな能力を身につけたのかを定量的に評価し、それが見えるシステムの構築です。どの大学もそこまでできていない。努力不足ですよ。

 欧州ではすでに、そんな可視化が進められています。欧州委員会が域内の留学プログラムに参加した学生を調べたところ、異文化理解や統率力が身につき、それが企業に評価されて卒業後10年で管理職についた人が77%と、未留学学生より44㌽も高かったのです。

 こうした成果が具体的に出されれば、企業はもちろん、経済的な負担のかかる家庭にも留学への理解を得られます。グローバル化は待ったなしです。今回の調査で明らかになった留年率の現状を警鐘と受けとめなくてはなりません。

 


おわりに

 海外留学を推進するために文科省が採用したロゴマーク「トビタテ!JAPAN」には、国鳥のキジがあしらわれている。だがキジは渡り鳥ではなく留鳥で、海外には飛び立たない。その皮肉に気づいたとき、当の文科省官僚までが失笑していたのを思い出す。

 だが、笑ってばかりもいられない。人口減少が進む日本社会にあって、異文化の人たちと協働する力の育成は急務だからだ。とはいえ、キジを飛び立たせるには、動機付けや羽ばたきやすい環境作りといった支援はもちろん、行けばどれだけ自分の力になるかも示せないと、なかなか勇気はわかないだろう。

 PDCAサイクルといわれる割には、成果の可視化と評価が徹底しない。「トビタテ」もご多分にもれずという状態では、鳴くだけのキジに終わってしまう。(奈)


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(2016年7月30日 05:00)
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