「アリウンさん」として親しまれるモンゴル出身の留学生アマルバヤル・アリウンジャルガルさんは、東京大学大学院で研究を続けながら、首都圏の小学校で伝統楽器の馬頭琴を演奏しています。気候変動への危機感を共有する若い世代に、自然豊かな古里の環境や文化について理解を深めてもらうためです。「日本とモンゴルの架け橋になりたい」と願うアリウンさんの活動の原点を聞きました。(上智大学・津田凜太郎、写真も)
「草原の国」自給自足の生活
母国の草原についてのアリウンさんの思い出は、小学校3年生の夏休みから始まります。生まれ育った首都・ウランバートルから西に1000キロ離れたザブハン県で2か月を過ごしました。山、川、草原などの雄大な自然に抱かれた環境で移動式の住居「ゲル」で暮らす伝統的な遊牧生活。祖母や親戚と一緒に乗馬や乳搾りなどを体験する中で、「必要以上のものは作らない」自給自足の生活でした。大人も、子供も、それぞれに与えられた役割の中で助け合い、補い合いながら生活することの楽しさを体感しました。
小学校5年生の時に、著名な馬頭琴奏者の父、レンチン・アマルバヤルさんと、モンゴル琴奏者のアグワーンツェレン・ジャンバルスレンさんとともに来日。日本全国を巡るコンサートツアーの傍ら、各地の小学校で演奏を披露していた父の生活に合わせ、名古屋市の公立小学校に通いました。
中学生の時に母国に戻ったアリウンさんは、高校進学後、深刻なウランバートルの大気汚染を目の当たりにしました。「2メートル先も見えず、息をすると涙が出てくるので、マスクも外せなかった」という厳しい大気汚染の現実。気候変動による伝統的な遊牧生活の破壊や、都市への一極集中――。地球規模の課題に連なる母国の危機を解決するために、自分には何ができるのか、漠然と考えるようになりました。
持続可能な農業のあり方を模索
高校3年時の進路選択で思い起こしたのは、3年間を過ごした日本の現状でした。首都・東京への一極集中や地方で進む過疎化、自然災害の続発に悩む日本の課題は、母国と似通っているようにアリウンさんには思えました。2019年に横浜国立大学都市科学部に入学。23年からは、東京大学大学院に進み、気候変動に適応した遊牧生活や、持続可能な農業のあり方を研究しています。特に注目しているのは、永久凍土の保護です。内陸の国・モンゴルでは、地下に2年以上続けて0度以下に保たれている地層(永久凍土)が広がり、雨水や溶けた氷雪を貯め込むことで、雨が少ない乾期にも草原を保全するために大きな役割を果たしています。この永久凍土が、温暖化によって溶け出してしまうと、草原の砂漠化が進む一因となってしまいます。
「遊牧の国」の伝統的な生活も大きな曲がり角を迎えています。都市化の進展により、モンゴル生活は農業振興に力を入れていますが、大規模な開墾は遊牧地の減少を招いてしまいます。「持続可能な遊牧生活のため、気候データの活用など、近代化・効率化の努力も必要」とアリウンさんは指摘します。幼い頃にザブハンの草原で体験した、エコな遊牧生活。地球規模の課題解決のため、それぞれができることを尽くし、助け合う――。モンゴルの伝統文化には、日本に生きる我々も学ぶことが多いと感じました。