一箱サイズの本屋さん ~ 「カンカンバコヤ」で広がる交流~

 「一箱」だけの大きさの本棚を借りて、自分だけの本屋を作りませんか――。下町の長屋の風情が残る東京・墨田区文花。東武亀戸線の踏切近くに建つ長屋を舞台に、本を通して広がる世代を超えた交流の輪を取材しました。(明治大学・土田麻織、写真も)

 

築90年「踏切長屋」の2階が舞台

 

 「カンカン、カンカン」。閑静な住宅地を横切る踏切に警報器の音とともに遮断機が降りると、2両編成のワンマン列車がガタンゴトンという車輪の音とともに通り過ぎます。自転車の若者や、杖をついたお年寄りが通り過ぎると、またひとときの静寂が訪れます。繰り返されるリズムの中にたたずむ築90年の長屋「踏切長屋」の1階が、「一箱本棚」プロジェクト、通称「カンカンバコヤ」の現場です。

 

 

 今年4月29日にスタートしたばかりの「一箱本棚」は、高さセンチ、幅42センチ、奥行き30センチの「一箱」サイズの本棚を月2000円で借りて、自分だけの小さな本屋さんをオープンできる仕組みです。本棚では、自分が好きな本や、みんなに読んでほしい本を自由に入れることができます。スペースに収まるものならば、漫画や雑誌、工芸作品やレコードなどでもOK。店番も、30個ある棚の店主が交代で勤める仕組みです。

 

 「下町の雰囲気が残る魅力的な町に、地域交流の入り口となるような場所を作りたかった」。プロジェクトの仕掛け人・正木健さんが話してくれました。フリーランスで地元・栃木のまちづくりや商店街の活性化、旅行系のベンチャー企業で企画制作や販売促進を行ってた正木さんは、2022年から文花地区に住み始めました。ある日、踏切でふと足を止めると、レンタルスペースとして貸し出されていた「踏切長屋」の1階の革物店が目に入りました。足を踏み入れた時に包まれた独特の木のにおいに、どこか懐かしい感覚を覚えたといいます。外から差し込む自然光が照明代わり。明るく温かい空間に、すっかり魅せられてしまい、シェアハウスとして貸し出されていた2階に移り住むことを決めました。

 

本と本屋さんを愛する人たちへ

 

 木造2階建ての踏切長屋は、2階のはシェアハウスとして貸し出され、1階の1部屋にはコーヒーショップが入ります。「カンカンバコヤ」が入る部屋は当時レンタルスペースとして貸し出されていましたが、入れ替わりも激しく、使われたり使われなかったりと、うまく活用されていないように正木さんの目には映りました。踏切長屋を含め、周辺には東京大空襲で焼け残った建物も多く、知り合った住民は、昔ながらの長屋の風情が気に入って移り住んできたという住民が大半でした。シェアハウス住民の職業は、大工、デザイン関係、バイオリニストなど多彩。地域住民も加わった「ご飯会」などで意見を交わし合ううちに、「1箱本棚」のアイデアが生まれました。クラウドファンディングで資金を募り、改装にはシェアハウス住民の技術を活用。正木さんのプロデュースで、「カンカンバコヤ」は誕生しました。「本と本屋さんを愛する方へ届けたい本を集めました」「文花(このへん)在住。本業はハンドメイドマーケットminneのディレクター」「旅をしながら読んでいた本たちを並べています」――。30箱の本棚には、オーナーの個性あふれる紹介文が並びます。

 

 

 「小さな社会を一つずつ良くしていくのが目標」と話す正木さん。高校生の頃に父親を亡くしたことをきっかけに、「身近な家族を幸せにし、生活をよくしたい」と感じるようになりました。地元・栃木県下野市の商店街活性化を高校生のキャリア教育と結びつけ、空き店舗を改装したワークショップなどを開くうちに、「今度はもっと面白い町に住みたい」と思うようになり、知人の紹介で文花にたどり着きました。

 

 

 世界的な観光地である東京スカイツリーから徒歩15分という都会にありながら、高い建物が少なく、どこかのんびりとした時間が流れる文花。点在する魅力的な商店をつなぐような存在に、「カンカンバコヤ」を育てていきたいと考えています。

 

 「ほかにどんな本が好きなんですか?」。偶然店を訪れた人、一箱本棚の存在を知って訪ねてきた人――。踏切や電車の音をBGMに交わされる店主との会話を通じて、新たな交流が生まれるのを実感しました。のんびりとした時間が流れ、穏やかな空気が広がる文花の町で交錯する人々の思いから生まれる次のアイデアが楽しみです。

 

(2024年10月20日 12:00)
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