私たちが日常の情報の8割を得ているとも言われる「視覚」。もし目が見えなくなったら、どうなるでしょうか。私自身も含め、目が見える人と見えない人の交流の機会は多くないのが現状です。「見ても見なくても、見えなくても」一緒に楽しむことができるゲームを開発した学生団体があると聞き、取材しました。
(上智大学・島田遥=キャンパス・スコープ代表)
数字を使わず「重さ」を表現
「お題は『重要度』です」
それぞれ重さの違う小さな巾着袋を手にした4人が、それぞれの袋の重さを表現しあいます。与えられた「テーマ」によってさまざま。日用品など「物理的な重さ」のほかにも、「ありがとうの重さ」「気持ちの重さ」「料理のカロリー的な重さ」など、どうやって表現するのか、戸惑ってしまうようなテーマもあります。
「私はお酒を飲むのがものすごく好きなんです」と年配の男性。
「どのくらい飲まれるんですか?」。自然と会話が広がります。
「グラム」などの数字を使わない表現をヒントに、ビー玉などを詰めながらそれぞれの袋の重さが同じになるように試行錯誤します。最後に、4人が同時に4つの腕がついた天秤にそれぞれの袋を載せて、見事釣り合えばゲームクリアです。
「じゃあ載せるよ、せーの!」
「あーっ残念!」
「こんなにお酒の重要度が高いんですか?!」
高齢者から未成年まで、一緒に笑い、悔しがる4人のメンバーたち。うまくいっても、いかなくても、目が見えない人も、見える人も、自然と距離が縮まっていきます。
「グラマ」と呼ばれるこのゲームの普及活動に取り組んでいる団体が、2022年2月に活動を開始した「ビーラインドプロジェクト」です。blind(=盲目)とbe lined(=一直線)をかけた名前には、「横並びの状態で交流できる場を作りたい」という想いが込められています。
ゲームで深まるコミュニケーション
「視覚障害がある人とない人の接点を増やしたかった」と話すのは、代表で立教大学文学部2年の浅見幸佑さんです。 活動を始めたきっかけは、浅見さんが大学1年生のときに受けた福祉の授業。服を選ぶ、1人で散歩する、といった、目が見える人にとっては「当たり前」の行為が、視覚障害者にとっては難しく感じる、ということに気付かされました。アイマスク体験や講演会などに参加しても、当事者のことを「わかった気」になってしまう、ということにも問題意識を抱くようになったといいます。
目が見える人、見えない人が優劣を感じないようなゲームを作れないだろうか――。想いに賛同した友人4人とともに、活動をスタートさせました。
盲学校に通う生徒は、障害の無い子と遊ぶ機会はほとんどありません。コミュニケーションや自立力を育むため、「視覚障害がある子供も一緒に楽しめる」ゲームを開発することにしました。仲間と話し合ううちに、「バナナ1本分くらいの重さ」というように、重さの感覚と、言葉によるコミュニケーションや表現力を使うアイデアが生まれました。
視覚障害者へのヒアリングを重ね、段ボールの試作品でゲームを繰り返す中で、様々な課題も見えてきました。覚えなくてはならないことが多いと、小さな子供は難しく感じてしまいます。「ゲーム自体はシンプルに、楽しさの奥行きは深いものにする」ことを追及し続け、7種類ほどのプロトタイプを経て完成したゲームは、ラテン語で「重さ」を意味し、「グラム」の語源にもなっている「グラマ」と名付けられました。
グラマ製品化の資金を募るため、2022年4月―6月にかけて約45日間行われたクラウドファンディングは、目標の約3倍となる112万6000円を集め大成功。地域の図書館や大学、福祉関連の企業などに100台を配布することができました。盲学校や小学校などで、これまでに約1000人がゲームを体験しています。22年度の「グッドデザイン・ニューホープ賞」も受賞しました。
「本質的な理解のためには、講演で学ぶだけでなく、体験を通じた双方向でのやり取りが不可欠」と話すのは、視覚障害者として、これまで10ゲーム以上のグラマを体験した渡辺麻姫さんです。互いの価値観を共有することで、心の距離がぐっと縮まったといいます。「障害や年齢、性別を超えて人と繋がることができる」とグラマの魅力を語ります。
健常者とコミュニケーションする中で「障害について聞くことを、失礼にあたるのではないかと思っている人が多い」と感じていたという渡辺さん。「障害は私にとってはほんの一部。ゲームを成功させるために、自然な形で理解してもらえれば、深い理解にもつながる」と、グラマを通した「つながり」を高く評価しています。
「一緒にワクワクできる社会のために、目が見える人も、見えない人も、見えにくい人も緒に楽しめる接点を増やしていきたい」と浅見さん。ファッションやアートなどにも、活動の領域を広げていくことを考えています。
厚生労働省によると、16年時点での国内の視覚障害者は約31万人。ITの発達や法整備によってバリアフリー化が進む一方、目が見える人と、見えない人が一緒に楽しむ機会は依然として少ないのが現状です。だからこそ、浅見さんは「未開拓市場」としての魅力も感じています。
それぞれの「見え方」でいい。目が見える人も、見えない人も、見えにくい人も、1人の人間としてフラットに関わることが大切――。「福祉」の概念を、大学生がフレッシュな発想でアップデートしようと挑戦する先には、より良い未来が待っているはずです。「一緒にワクワクする社会や文化を本気で作っていく」という浅見さんの言葉に、未来への大きな希望を感じました。(写真はビーラインドプロジェクト提供)