新型コロナウイルスのまん延は、社会的な格差の拡大や貧困問題など多くの問題を浮き彫りにしました。社会的に弱い立場に置かれている人々を救うために、私たち大学生には何ができるのでしょうか。生活に困難を抱えた人たちの支援に取り組む「パン屋さん」を取材しました。(法政大学・高山美悠、写真は法政大学・嘉藤大太撮影)
週3回、夜2時間だけの販売
「これ、おいしかったのよね」
「ありがとうございます。またお待ちしています」
2月下旬の火曜日午後7時。東京・神楽坂の書店「かもめブックス」前に三々五々、人が集まり始めます。お目当ては、軒先で販売されている格安のパンの数々です。4個の総菜パンが入った600円のセットや、もち麦とブルーベリー、オートミールの入ったマフィンなどが、次々と売れていきます。用意された35袋のパンは、50分ほどで売り切れてしまいました。
火・木・金の週3回、2時間だけ営業する「夜のパン屋さん」を展開するのは、ホームレスの人々など、生活に困窮する人たちの仕事づくりや、生活再建支援に取り組む「ビッグイシュー」です。コロナ禍で生活に深刻な影響を受けた人たちを幅広く支援しようと、「世界食糧デー」の2020年10月16日に始まりました。ビッグイシューで路上での雑誌販売をしていた人たちの他、アルバイトなどの職を失って厳しい状況に置かれた大学生なども働いています。
パンも、人も、大事に
「パンも人も大事にしたい」。ビッグイシュー日本東京事務所長の佐野未来さんが話してくれました。「夜のパン屋さん」は、生活困窮者の支援だけでなく、フードロスの解決の取り組みでもあります。「どの店のパンがあるかは、その日のお楽しみ」が特徴で、都内だけでなく、京都や静岡、遠くは北海道など、趣旨に賛同する全国20店舗の商品が集まります。
NPO法人ビッグイシュー基金共同代表で、テレビなどでも活躍する料理研究家の枝元なほみさんがプロジェクトリーダーとなり、飛び込みの営業などもして参加店を募りました。遠方からは冷凍したものを郵送。都内では、それぞれの店から売れ残りそうなパンを預かり、夜に販売するという仕組みです。他にも飯田橋では週1回、田町駅の近くでも週2回店を出しています。そこでも売れ残ってしまったパンは、ビッグイシューの事務所で配布する他、子ども食堂や無料学習塾などに提供し、最後まで無駄にしないようにしています。
「ビッグイシュー日本」は、ホームレスの人たちになどに、路上での雑誌販売の仕事を提供することによって、自立をサポートすることを目指す有限会社。ビッグイシューが発行した雑誌を220円で販売者が仕入れて定価450円で販売。売り上げの50%以上は販売者の収入となる仕組みです。1990年代に英国で始まり、2003年に「日本版」がスタート。生活に困窮する人を「救済」するのではなく、仕事を提供することが特徴です。
コロナ禍は、そんな販売者の生活に、大きな打撃を与えました。主な販売場所である駅前は人の流れが途絶え、雑誌の売り上げも激減しました。定期購読を立ち上げ、全国から9000人以上の申し込みもありましたが、路上での販売を主な収入とする販売者全員の生活を支援するには限界があったといいます。そんな販売者の生活を少しでも助けられないかと生まれたのが、「夜のパン屋さん」のアイデアでした。
格差やフードロスへの提案
夜のパン屋さんでは、大学生もスタッフとして働いています。コロナ禍では、大学生たちも、突然アルバイトが無くなるなど、生活に大きな影響を受けました。2年程前からスタッフとして働く大学生の1人は、「興味を持って話しかけてくれる人や、お話し好きな常連さんがいて、お客さんとコミュニケーションできるのが魅力です」と話します。社会が正常化しつつある現在も、楽しいので続けているそうです。
「夜のパン屋さんは、コロナ前から日本社会にあった格差やフードロスに対する提案」と佐野さんは指摘します。売れ残りを前提とした大量生産の社会では、フードロスが必然的に生まれてしまいます。「私たちの取り組みだけで解決できるとは思わないが、小さいことからでも変えていけたら。ホームレスの人たちも効率や利益が優先される中で、ちょっとしたきっかけで『もうあなたは必要がありません』と言われ、仕事や住まいを失い、活躍する場を奪われてしまっている。放置することは社会にとって良いことは一つもない。そんな人たちのサポートしながら、少しでも『ロスにさせない』社会へと変えるきっかけにつなげていきたい」と力を込めます。
社会は少しずつアフターコロナに入りつつあります。「元に戻る」のではなく、持続可能な社会としていくため、私たち大学生にもできることがたくさんあるのではないか、と感じました。