高校生が自作の絵本で読み聞かせ ~ メンタルケアの大切さ伝える

 

 

 メンタルケアの大切さを、小さな子どもたちに気づいてもらいたい----。そんな問題意識を基に、自作の絵本を使った読み聞かせを行う女子高校生が居ます。彼女が通う学校近くの幼稚園で行われた読み聞かせの様子を取材しました。(日本大学・田村杏菜、写真も)

 

家族愛のすばらしさ 伝える

 

 「なんだかさびしいなあ。かなしいなあ」。

 

 「なみだがポロリ。ほっぺからながれちゃった」。

 

 絵本のページをめくりながら、感情たっぷりに語りかける女子高校生の声に、幼稚園児たちが真剣に聴き入ります。

 

 「みんなも悲しい?」

 

 1人1人の目を見つめながら語りかけたり、登場人物が笑うシーンでは、全身で嬉しい気持ちを表現したり――。4分間、園児たちは身を乗り出しながら、引き込まれています。

 

 読み聞かせを行ったのは、東京学芸大学附属国際中等教育学校に通う井上桜来(さら)さん(高校3年生に相当)。すやすやと眠る赤ちゃんの表紙が印象的な絵本『わたしと赤ちゃん』は、井上さんが一人で制作したオリジナルの作品です。

 

 

 

 主人公の女の子は、弟が生まれたことをきっかけに、両親に遊んでもらう時間が減り、寂しさや怒りを感じていきます。それでも、少しずつ弟の世話を手伝っていくうちに、家族への愛や、誰かのために貢献することの喜びに気づいていく女の子。「わたし、良いおねえちゃんになれたかな」。園児たちは、同世代の子どもの、不安な感情に寄り添いながら、家族愛のすばらしさを自然と感じとっていきます。

 

 井上さんが読み聞かせを行ったのは、学校のすぐ近くにあるみずほ幼稚園(東京都練馬区)。高校1年生の時に授業の一環で訪れた縁で、今回の読み聞かせを提案しました。

 

 「今度はいつ来てくれるの?」

 

 笑顔で教室を後にする子どもたちの姿を見て、「楽しくて、とってもためになる時間にしてもらいました」と、本橋信子園長も目を細めます。

 

自分の長所に気づいてほしい

 

 「メンタルケアの大切さを多くの人に知ってもらいたかった」

 

 読み聞かせを行う理由を、井上さんはこう説明します。原点は、中学3年の時の「自分の好きなもの」を取り上げた制作物を作る授業でした。「心理」「悩み」「もやもや」「子ども」----。自分の関心があることをノートに書き出すうちに、「メンタル」に関することに強い関心を持っていることと気づきました。

 

 

 

 「どうしたら自分に自信が持てるのか分からない」。
 
 友人の悩み相談に乗ることが多かったという井上さん。ネガティブな感情を、ポジティブに変えて心を守る「メンタルケア」の重要性を自然と考えるようになっていたといいます。幼いころから、家族の転勤でマレーシア、ドイツ、タイと、海外で過ごした経験から、13歳から住み始めた日本で気づいたのは、メンタルヘルスが身近でないということ。「例えば、タイの人たちは、他人の評価を気にせず、ネガティブな感情になることを恐れていなかった」と振り返ります。

 

 井上さんに悩みを打ち明ける友人たちは、自分の長所に気づかず、自信がないように見えました。「小さい頃から、自分と向き合えるようなきっかけづくりが必要ではないか」----。絵本の読み聞かせを通じて、子どもたちに感情をコントロールすることをわかりやすく伝える、というアイデアが生まれました。

 

 
 「絵や声などを通して、こどもの印象に残りやすいところが絵本の魅力」と井上さん。読み聞かせの仕方や、聞く人数によっても、子どもの反応は様々です。子供たちの反応を見ながら少しずつ内容を変えたりすることもあります。
 
 「みんな、弟や妹、いるかな?いない人は、欲しいと思う?」

 

 きょうだいがいない子にも、ストーリーを身近なことに考えてもらうために、井上さんが考えた質問です。子ども達が育った環境は様々で、絵本の内容に全ては共感できないかもしれない。違和感を覚える子には、絵本を通して自然に、「他の人の立場から考える」経験をしてもらおうと考えました。今後は、「男の子とスカート」「同性カップル」など、多様性を意識できるような絵本も考えています。

 

スマホで自作 紙での読み聞かせにこだわり

 

 「この本はね。スマホで作ったんだよ。みんなも、いろんなお話を考えてみようね」

 

 デジタルネイティブらしい発想の井上さんですが、紙の絵本での読み聞かせにこだわっています。言葉の遅れや、人見知りなどの子供をサポートするクリニックでのインターンで、画面に写したデジタル絵本の読み聞かせを行ったところ、子どもたちの集中力が顕著に下がったことを感じたからといいます。

 

 「クリックするだけで画面が変わるのは便利だけど、ページをめくる動きや音にこだわっていきたい」。

 

 

 将来、心理関係の仕事に就きたいと考えているという井上さん。多様な背景を持つ子どもたちと触れ合いながら、多様性を認め合える世界を目指しています。

 

 「このお話の女の子みたいに、みんなも周りのおともだちを大切にしようね」

 

 子どもたちに呼びかけるとき、絵本では、「家族」を大切にする、と書かれていた部分を、井上さんは自然に「ともだち」と置き換えて話しました。「相手の気持ちに寄り添い、コミュニケーションすることが、互いを認め合うことにつながる――」。多様性を認め合う社会を目指す、井上さんの思いが表れた瞬間だと感じました。

 

(2023年6月21日 09:30)
TOP