「自分らしく働くとは?」。3年生となり、周囲は就活に向けて一斉に動き出しました。一方で、「新卒で就職しなければいけない」という風潮に辟易としてしまう私は、今ひとつ準備に身が入りません。自らの「デジタルデトックス」の経験をコミカルに描いた「#スマホの奴隷をやめたくて」が話題を呼んだ、作家の忍足(おしだり)みかんさん。4月に出版した「気がつけば生保レディで地獄みた。」は、社会人時代の経験を赤裸々につづった内容が好評です。2020年のキャンパス・スコープ46号で、「コロナ禍のスマホとの向き合い方」を語ってくれた忍足さんに、新著についてインタビューしました。
(東京外国語大学・野口登子)
忍足さん自身をモデルにした主人公の「三上杏(みかみ・あん=みかん)」は、就活が行き詰った4年生の夏に、大学内の説明会で保険会社に出会い、「LGBTQ+フレンドリー」をうたう社風にひかれて入社します。ところが、入社前のイメージとは違った業界の実情に悩み、苦闘しながら、最終的には、ある出来事をきっかけに退社することになります。
新著「気がつけば生保レディで地獄みた。」好評
「だって、死ねば会社に行かなくていい」。今回の作品は、そんな衝撃的なシーンからスタートします。「自殺......って、死亡保険金出たっけ?」という理由で自殺を思いとどまってしまった主人公。その後も、「ノルマに追われ、心身をすり減らしていく毎日」と自分で振り返る重いシーンが続きますが、「落語を参考にしている」という軽快な文章運びで、夢中になって読み進めてしまいます。「面白過ぎる」と自分で言うほどコミカルな忍足さんの「遺書」が、今作の原型となりました。
忍足さんは、JR総武線浅草橋駅の近くにある古書店「古書みつけ」で、日替わりの「店長」として毎週水曜日に接客を担当しています。木の温かみが、どこか懐かしさを感じさせる店内には、古書のほかにも、浅草橋の魅力を紹介する本などが並べられ、「コンセプト書店」に近いイメージです。書店の2階は、小さな編集プロダクションの事務所になっています。忍足さん2冊目の著書となる今作は、同店が企画した「気がつけば〇〇ノンフィクション賞」166作品の中から、大賞として出版されました。
同店を営む編集者で、出版を企画した伊勢新九朗さんは、今作の魅力を「思い出すのも辛いこともあったはずだが、それでも書かなければ終われない。強烈な"念"が、文中に宿っている」と表現します。「面白過ぎる」描写の裏には、忍足さんが経験した辛い経験に対する深い考察があるのです。就活生の間では有名な「入社して3年は働くべきだ」という、「3年神話」。心身を擦り減らすような働き方に限界を感じつつ、「辞めたくても辞められない」主人公は、社会人時代の忍足さんの姿です。「こうしなければ」という思い込みに追い詰められていく主人公の姿に、「自分らしく、自由な選択」の一方で、「早期内定」の時期や、内定した企業の数などを意識せざるを得ない、就活のプレッシャーのイメージも重なります。
生きづらさを抱えながら働く人へのエール
LGBTQ+(パンセクシュアル)の当事者であることを公言する忍足さん。
保険発祥の国イギリスでは生命保険のことをラストラブレターと呼ことから、今作を「業界へのラストラブレター」と表現します。出版後、元同僚などから実際に店頭でも伝えられた感想は、「意外にも好意的なものが多かった」そうです。今も業界で働く人や、「生きづらさを抱えながら働くすべての人へのエール」とも言える今作は、様々な読者の心に響いています。
忍足さんが今、当時を振り返って思うのは「合わないものはやめる」選択の大切さです。「無理と思ったらすぐやめるべき。死んじゃうより、スパッとやめて方向転換した方がいい」と、就活を前にした私たちへのアドバイスを贈ってくれました。忍足さんの言葉は、つい「こうしなければ」という思いに縛られてしまいがちな私の心をやさしく解きほぐしてくれました。「自殺まで考えたが、時が経てばその経験も本になった。だから、どんなに今大変でも、きっと時が解決してくれる」。選択の舵を切り直し、作家として活躍する忍足さんの言葉が、生きづらさを抱えながら働く多くの人の心に届いて欲しいと思います。