「少子高齢化」「外国人労働者」「職業ロボット参入」――。最近耳にすることが増えた介護業界にまつわる言葉。その第一線で働く中で感じたことを「沼」と表現する本が出版されました。未知の世界に飛び込んだ2年間の記録を赤裸々に綴った「気がつけば認知症介護の沼にいた。」介護の現場で働く親族を持つ私にとって、身近に感じながらも詳しいことはわかっていなかった世界。その仕事の現実を、著者の畑江ちか子さんに聞きました。
(昭和女子大学 石川千桜、写真も)
オタク歴20年、社会人歴10年。「推し=人生」と豪語する推し活ヲトメが、「認知症介護」の世界に迷い込む......。気がつけば○○シリーズ第2弾。
「4K職業」の現場 独特の表現で語る
まず驚かされたのは、「尿取りパッドやオムツが入ったごみ袋の重みがあると、嬉しく感じてしまう」という畑江さんの言葉です。「きつい・汚い・危険・給料低い」の「4K職業」とまで言われる介護業界。畑江さんは、「実際やってみて、『そんなに言うほどか?』って思った。もちろん、施設にもよるんでしょうけど」と振り返ります。利用者の生活を少しでもスムーズにできた、と考えれば、達成感のようなものを感じる。独特の表現にうなずかされました。
もちろん、相手は人間です。機嫌を損ねてしまったり、理解が難しい言動に振り回されたりすることもあります。そんなときは、「仕草、動作や、バックボーン、思考回路を推理するんです」。細かいところに目を光らせて、常に考えていく毎日を「謎解き」と表現します。
重く考えがちな、「認知症介護」という言葉。利用者をハリウッド俳優に例えるなど、畑江さんは自身の趣味や明るい人柄が感じられるような世界観で描きます。
誰もが体験する世界だからこそ
本作を語る上で欠かせないのが「推し活」です。
かっこいいキャラクターの男性をどう攻略するか、という「乙女ゲーム」のキャラクターが「推し」という畑江さん。利用者にビンタをされる、という体験も、「普通の仕事ならあんまりないシチュエーション。なかなかレアな状況にいるな、と思った」と話します。壮絶なシーンを「めっちゃドラマチックな場面に置き換えることができる。推しって心強い存在」。物事をどう捉えるかはその人次第、と気付かされました。
介護の現場に今関わっている人や、介護を志す人にも参考になることばかりの本作。畑江さんは、介護職をめざす学生に「介護職がいなかったら、多くの人は自分の親や身内を自分たちで見ることになり、介護離職が進んでしまう。日本経済をを支える職業を目指している、ということに誇りを持ってほしい」とエールを送ります。
また、まだ介護に関わりのない多くの人たちにも、「いつかは親の介護を考えなければならないことだって出てくる。誰もが最後は関わることだから、少しでも知っておいてほしい」と指摘します。
なぜ、畑江さんは介護の仕事を目指したのでしょうか。原点は、認知症になった祖父の面倒を見てくれ、泣いてくれた介護士さんたちの姿だったといいます。恩返しがしたい。その一心で介護業界に足を踏み入れた当時を振り返って、「未熟な部分だらけだったけど、でも 当時の私が思ったことだから」と語る畑江さん。業界に長く身を置いた人の視点とは全く違う、新鮮な見方だからこその驚きと共感を覚えます。
辛いことがあっても、選んだ道が「沼」であっても、誰もがそうなんだから、大丈夫――。そんな畑江さんのメッセージが、1人でも多くの人に届いて欲しいと思いました。