団地の再生 神大サッカー部がアシスト ~ 大学生が取材しました

 

 

 神奈川大学サッカー部(関東大学リーグ2部)は、高齢化が進む大規模団地の空き部屋を寮として活用し、地域の課題「緩和」を通して学生の成長を促す「竹山団地プロジェクト」に取り組んでいます。「仕掛け人」でもある大森酉三郎監督に語ってもらいました。(早稲田大学・原口諒一、写真も)

 

一人一人の仕事で社会はつながっている

 

小学校からサッカーを始め、中央大学卒業後は、海上自衛隊厚木基地でプレーを続けました。自衛隊は基本的に全てを内省化し、自律的に動く組織です。例えば飛行機はパイロットだけでは動かせない。雑用を含め、みんなの仕事で組織が成り立っています。

 

 

 この点はサッカーも同じです。1試合90分のうち、選手がボールに触れている時間は60分ほどでしょう。1人の選手が触る時間は1分30秒に過ぎません。だからといって気を抜いていると、目の前にボールが来ても対応できません。一人ひとりの仕事がつながり、循環することで社会は回っている。これに気づいた時に初めて、サッカー選手としても成長することができます。そんな経験を大学生にも伝えたいと思い、指導者を目指しました。

 

 2004年に神奈川大学サッカー部監督になりました。商店街のごみ拾いやサッカー教室など、地域連携活動を実践してみました。選手も自然と周囲との連携を意識したプレーをするようになり、この文脈の中で佐々木翔選手(J1・サンフレッチェ広島)、伊藤純也選手(仏1部・スタッドランス)などが巣立っていきました。

 

竹山団地には地域社会の課題が山積していた

 

 2010年に大学を離れ、Jリーグの湘南ベルマーレや通信制高校を運営する星槎グループにも勤めました。通信制高校の生徒たちを教えながら、高齢者の介護予防、休耕地での農作業などに取り組む中で、地域社会が抱える様々な問題を意識するようになりました。19年に再び神奈川大学から監督就任の声をかけられたのをきっかけに、キャンパスとグラウンドの間にある竹山団地に注目し、部活動と連携しながら、地域社会の課題緩和につなげる活動を始めました。

 

 竹山団地は高齢化や、点在する耕作放棄地など、日本の地域社会が抱える課題が山積しているという印象でした。団地の課題緩和と部活動をリンクさせることで、人間としてはもちろん、選手としても大きく成長できるシステムを作れるのではないかと考えました。制約もありましたが、神奈川県住宅供給公社や竹山連合自治会などにプレゼンテーションを繰り返し、一つひとつクリアしていきました。

 

 

 60人の部員は3人1組で共同生活を送る中で、自立心が養われていきます。仲間同士で協力することの大切さを学ぶ機会として、とても良い環境だと思っています。23年からは、横浜市の介護予防・日常生活支援サービス補助事業(サービスB)にも参画しました。魚屋だった空き店舗をリノベーションして部の食堂を作り、平日の日中には料理教室、介護予防教室、喫茶などを開き、健康づくりや高齢者との交流事業を展開しています。市の補助金も得られるので活動は自立しています。

 

 参加する高齢者は部員を「孫みたいな存在」と言います。朝練に向かうとき、バイクは大通りまで押して歩き、エンジン音がうるさくないようにするなど、選手たちは自然な気配りもできるようになっています。学生の本分は勉強です。サッカーに打ち込みながら、喫茶の店長や、介護予防教室の講師を務めるといったことは、学生にはなかなかできない経験です。専攻の経営工学とリンクさせ、研究に役立てている学生もいます。

 

社会性がプレーにも生きる

 

 任された仕事に責任感を持って取り組むことで、それぞれ社会性を身に付けることができます。高齢者や子供との関わりはもちろん、共同生活で育まれた社会性は、試合中でも周囲を意識したプレーにつながります。

 

 年の離れた高齢世代と関わる中で、自己認識も高まります。チームが良くなるために、敢えて批判的に物申してみよう、という姿勢も生まれています。人生の質を高めていくために必要なライフスキルを自然に身につけてほしい。

 

 地域活性化の全国大会「地域再生大賞」の関東・甲信越ブロック賞や「横浜アクションアワード」の最優秀賞にあたる「大賞」にも選ばれました。社会全体からも期待が高まっていることを感じています。

 

 

 関東リーグ2部への昇格戦のときには、団地の皆さんがバスをチャーターして応援に駆けつけてくれました。地域の方々の応援が、結果に結びついています。多くの選手はプロを目指していますが、全員がなれるわけではありません。大学卒業など、いくつかのタイミングでサッカーから離れる時が来ます。親を介護するときも来るかもしれません。そんな時、ここでの経験は必ず役立つ。少子高齢化は避けて通れない課題です。今、目の前の竹山団地の課題緩和に貢献することはもちろん、ここでの経験を活かし、全国に散らばって、各地の課題緩和に貢献できるようになることが理想です。

 

大森酉三郎(おおもり・ゆうざぶろう)1969年12月7日神奈川県平塚市生まれ。藤嶺藤沢高校、中央大学を経て海上自衛隊厚木基地などでプレーした。2004年神奈川大学サッカー部監督。その後、湘南ベルマーレ(アカデミーダイレクター兼U18監督)、星槎国際高校湘南男子サッカー部総監督などを経て2019年から現職。

 

(2024年6月 5日 05:00)
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