地球のために、大学生には何ができるのか――。2030年までに達成が求められているSDGs。私自身、何かをしようと思っても、何をしていいのかわからない、というのが正直なところです。SDGs達成のため、「起業」を選んだ大学生がいると聞き、取材しました。(法政大学・坂爪香穂)
ソーシャルビジネスへの挑戦
「みんなの好奇心のままの選択をしてください」
2022年12月8日、東京都杉並区の中学校。授業の一環で行われた講演で、関西大学人間福祉学部社会起業学科に通う大学生・原田瑞穂さん(4年)が、中学生に「挑戦する勇気」を訴えます。換気のために冷え切った体育館でしたが、見学した大学1年生の私も、胸の奥に熱い気持ちがこみ上げてくるのを感じました。
原田さんは、さまざまな社会問題をビジネスで解決することを目指す「株式会社COOON」に在学中に入社。取締役を務めています。2022年12月には、企業や若手社会人なども巻き込みながら、社会を変革していく場をつくるため、「moccu株式会社」の立ち上げにも関わり、CEOに就任しました。
大阪市西成区で生まれ育った原田さん。「みんなも勉強しないから、自分も勉強しない。落ち着きのない子供だった」と、自身の中学生時代を振り返ります。偏差値43からの猛勉強で進学した区外の高校で、同級生から、西成区にネガティブなイメージを持っていることを聞かされました。自分が何の違和感もなく暮らしている地元に対して、何も知らない人がなぜそんなイメージを持つのか。地元への愛着に気づくとともに、社会問題を強く意識するようになりました。
違和感が膨らんだのが、高校の学科でのプログラムで経験したカナダ留学でした。宗教も、人種も、性別も、年齢も違う人たちがともにリスペクトしあいながら学ぶ高校。「多文化共生」を目の当たりにしたのです。
「これからはSDGsの時代になっていく」
高校3年のある日、自営業を営んでいた両親から、原田さんはこんな言葉をかけられました。その時は特に意識することもなかった原田さんでしたが、大学1年の冬に参加した社会人のセミナーをきっかけに、SDGsを「じぶんごと」としてとらえるようになりました。隣に座ったサラリーマンの胸には流行りのSDGsのバッジ。しかし、SDGsについての知識はほとんどなかったそうです。「広がっているのは、SDGsという言葉だけではないのか」。高校進学の時に感じた違和感のようなモヤモヤが、原田さんの胸に広がっていきました。
セミナーの後、知人の誘いで訪れたスウェーデンで、再び原田さんは衝撃を受けました。ゴミの分別やジェンダー平等への意識など、学校や企業、家庭でも当たり前のようにSDGsが根付いている社会。すぐに変えることはできなくても、日本の「当たり前」を変えていくことはできないのだろうか。帰りの飛行機の中で思いついたのが、「SDGsダイアリー」の原案でした。
難しいことをする必要はない。今日からできるSDGsについて手軽に知ることができるような本があれば。ないなら、自分で作ってしまえばいいのではないか――。
そんなアイデアから始まったのが「SDGsダイアリー」。起業に興味があった原田さんは、1年生のころから様々なビジネスコンテストに出場していましたが、なかなか結果に結びつかなかったといいます。「SDGsダイアリー」は残念ながら落選。それでも、「私がやらなければこの問題はだれが解決するのだろう」と強気に考え続けました。さらにアイデアをブラッシュアップし、2021年には、「関西SDGsユース・アイデアコンテスト」で準グランプリを受賞。諦めない姿勢が実を結んだのです。
「大学生やったらなめられる。起業はやりたいことを実現する手段」
ただ、製品化には大きな壁がありました。自費出版での制作を目指しましたが、1人でのプロジェクトには限界も感じていた原田さん。当初はSDGsに興味がある人にも出会えず苦労したそうですが、大学の授業で自分のアイデアを発表したところ、5、6人が興味を持ち、仲間に加わってくれました。
目標の30万円を集めるために選んだのはクラウドファンディング。周囲の視線は冷ややかでした。周囲からは、「そんなん集まるはずがない」と言われていたそうですが、地道に周囲の人や教授にSDGsダイアリーの持つ意味を訴え続けました。結果は目標を大きく上回る170万円を集め、大成功。SDGsダイアリーも、製品化にこぎつけました。次第に注目を集めるようになった原田さんは、友人の誘いで株式会社COOONのインターン生となり、そのまま「社員」として迎え入れられました。
SDGsダイアリーを始めた当初、起業は考えていなかったそうですが、出資を求め企業と交渉する中で、少しずつ大学生としての限界も感じるようになってきました。「大学生やったらなめられる。対等に付き合おうと思ったら、会社にした方がいろいろ楽」。自然と、起業という選択肢を選びました。大学3年生だった2021年の夏に、SDGsダイアリーに関する事業を目的とした会社「Plala」を社内起業。22年12月には、moccuを立ち上げ、東京と大阪を行き来する多忙な日々を送っています。
だからこそ思うのは、「学生」や「女性」、「西成区出身」といった肩書きではなく「原田瑞穂」という一個人として見てほしい、ということ。対等に見られたいからこそ、努力を怠らずスキルを磨き続けています。
様々な困難を乗り越え、大学生として起業も成し遂げた原田さん。最後に、「今までで一番壁を感じた時は?」と聞いてみました。
答えは「今」。
SDGsダイアリーもひと段落し、支えてくれたメンバーも入れ替わっています。「本当に自分がやりたいことは何なのか、考え直さなければならない」と表情を引き締めます。夢は、「何かに挑戦しようとしている人が諦めない世界線を作り、挑戦しようとする人のロールモデルになること」。そのためには、何よりも、自分自身が輝いていなければならない――。
多くを成し遂げても、挑戦することをやめない原田さんの覚悟に、思わず息をのみました。
原田さんは講演会で中学生に、「大学生ってなんでもできる」と訴えました。枠組みにとらわれず、自分の意思で突き進んでいく姿に感銘を受けるとともに、私たちこそが、次世代に向けて何ができるのかを考えなければならないのだ、と気付かされました。講演後、1人の女子生徒が体育館に残り、進路について熱心に質問す姿がとても印象的でした。原田さんの輝く姿は、確かに「ロールモデル」として中学生の胸に刻まれたのです。私たち自身の行動が、次の世代をつくっていく。私自身も、もうすぐ1年目が終わろうとしている大学生活をより良いものにしていこう、そう自覚することが、社会をよりよくしていくための鍵となるのではないか、と感じました。
原田瑞穂(はらだ・みずほ) 2000年、大阪市西成区生まれ。関西学院大学社会起業学科に通う4年生。「株式会社COOON」取締役。「今日からできるSDGs」をテーマにしたスケジュール帳「SDGsダイアリー」を手掛ける。在学中に入社した「COOON」で、サステナブルな社会の実現に向けて事業を行う会社「Plala」を社内起業。社会変革を目指す企業や社会人をつなぐ場として、2022年12月に「moccu株式会社」の立ち上げにも関わり、CEOを務める。