地域医療の大切さ 心に刻んで 〜医学部・薬学部の2人に聞く

江渡恵里奈グレースさん(左)と立崎萌さん(2023年5月・読売新聞東京本社で)

 

 地域医療に関心を持つ高校生が現場に学ぶ「地域医療体験プログラム」(読売新聞社主催)が、2023年3月に行われた。3回目となる今回は、新型コロナウイルス流行による行動制限の緩和に伴い、4人が青森県の病院での体験学習に初めて参加。福井、島根県の医療機関とのオンライン講義では、過疎地や離島など高齢化率の高い地域の現場の様子を学んだ。

 今回は21年に行われた第1回プログラムを経験して、現在は北里大薬学部に通う江渡(えと)恵里奈グレースさん、自治医科大医学部の立崎(たちざき)萌さんの2人がゲスト参加した。2人に、地域医療の現場で感じたこと、医療プログラムの意義、進路に与えた影響などについて聞いた。

 

医療の流れ実感

──青森県の八戸市立市民病院では、医師を乗せて患者のもとに急行するドクターカーに同乗しましたね。

江渡 恵里奈グレース 今(こん)明秀院長(現・同病院事業管理者)から、へき地医療や救急医療についての講義を受けながらドクターカーの出動に備えていましたが、2回の出動に同行できました。現場から病院まで、授業で聞いた話を体験できて、医療の流れがよくわかりました。ドクターカーが街中でいろいろな車を追い越していく臨場感を感じることができました。周囲が気がつきやすいようにした独自のサイレン音の研究について、今先生からお話がありましたが、実際にサイレンの音を身近に聞いたことでより印象的になったなと思います。

 


 江渡さんと立崎さんが、高校生の参加者4人とともに八戸市立市民病院を訪れたのは3月28日。ドクターカーは医師などの医療スタッフと医療機器を現場まで搬送する車。面積が広いのに医師が少ない青森県では、救急車が病院に患者を運んでくるのを待っていては治療開始が遅くなる心配があるため、ドクターカーやドクターヘリが活躍している。今回のプログラムでは、八戸港や市内の住宅地に急行する車に高校生とともに同乗し、救急救命士の説明を聞いた。ドクターヘリにも試乗した。

岸壁のドクターカー出動現場で救急救命士(左)の説明を聞く高校生ら 今院長(右端)らとドクターヘリの前で

 

立崎 萌 医師になるということだけでなく、プロフェッショナルの医師になるということを意識したことはこれまでなかったんですが、今回気づかされました。例えば、今先生については、まず決断力の強さ、判断するというところ。どうやったらこうした力がつくんだろうなと思ってしまいました。めちゃめちゃ印象的でした。

 


 江渡さん、立崎さんは3月30日、福井県おおい町の名田庄(なたしょう)診療所から中村伸一所長とともにオンラインで高校生に語りかけた。高校生は診察風景を動画で視聴。地域医療について中村所長の講義も受けた。

(左から)江渡さん、中村所長、立崎さん オンライン講義の画面から

 

──名田庄診療所は高齢者が多い地域にありますが、何を感じましたか。

江渡 診断に関する内科的な推測力や、ほかの病院との連携がすごいなと思いました。また認知症テストの伝え方に人間味を感じました。中村先生は自分の専門分野は「名田庄」だとおっしゃっていました。医療的な区分でなく地域が専門というのは、こういうことなんだとわかりました。

 

立崎 地域医療を支える総合診療は謎解きに近い部分があって、小さいことをきっかけに判断していく。そのあたりがすごいと思います。先生の得意分野が出ていると思いました。

 

病院は「島の宝」

──江渡さんと立崎さんが2年前に参加した1回目のプログラムはすべてオンラインでした。それで、お2人は昨年の夏休み、自主的に島根県の離島にある隠岐島前(どうぜん)病院(黒谷一志院長)を訪問し、白石吉彦参与から地域医療について話を聞いたり、診療や調剤の様子を見学したりしましたね。実際に行ってみた印象はどうだったでしょうか。

江渡 オンラインの画面越しではなく、その場所を歩くことに意義があると思いました。たとえば、オンラインの時、隠岐では島のみなさんが「病院は島の宝だ」と話していたのが印象に残っていました。それで島前病院が島の中心になっているのだなと分かりましたが、実際に昨年の夏に行ってみると、診察中に患者さんが「先生の家の電灯が壊れているのを直しにいく」などと話している。「島の宝」というのがどういうことなのか、具体的なエピソードで裏付けられたという感じでした。

 

立崎 自治医科大では、出身の県の診療所に行くという課題が学生に出されます。私は青森県出身で、東北地方の地域性として生活習慣病の患者さんが多いのですが、海に囲まれた隠岐に行くと漁師さんのけがに対する物理的な治療があり、腰痛も多い。ほんとに全然違うんだなと思いました。高校生のうちにこうしたことを知っておくのは大切だと思いますので、プログラムはとてもぜいたくな体験だと思います。

隠岐島前病院で白石参与と 白石参与の診察の様子

──2人がオンライン体験に参加したのは高3の時でしたが、今年の参加者はみな高2ですね。2年生の時に参加していたら 勉強の励みになりそうですね。

立崎 そうだと思います。私はプログラムのおかげで自治医科大に進学したいという気持ちが強くなった。ほんとうに作り話みたいになってしまうんですけど、自分でもまさか自治医科大に入ると思っていなかったので。

 

──地域の医療機関では、高血圧であったり、腰痛だったり、いわゆるよくある病気の患者さんが多いと思いますが、医療を目指す人の中には最先端をやりたい人も少なくないときいています。

立崎 大学病院でみる疾患と比べると、地域医療はそんなに難しくないのかなと思っていた部分があったのですが、実際にお目にかかると先生方は技術的に本当にすごい方で驚きました。島前病院の白石先生は、エコー(超音波検査)の学会にトップとして呼ばれるような方、名田庄の中村先生も総合診療の世界で優秀な方です。そういう熟練した方々だから普通の医師なら難しい作業も簡単に処置をしているように見えるのかなと思いました。

 「地域(の医療)を診る」というのは、まず「患者さんの疾患を診る」ことができているのが大前提だということに高校生の時は気づいていませんでした。この部分は勘違いしてはいけないと思いました。八戸の今先生もほんとうにレベルが違う。大学病院にいらっしゃるような先生方が地域にいるという認識になりました。また、地域にその先生しかいないという状況で逆にそういう先生方でないと地域で長く活動はできないと思います。自分の将来がちょっと怖くなったところもあります。

 また、白石先生のいらっしゃるようなへき地といわれる場所の医療資源が少ない状況で、都市部と同じようなクオリティーのことができるというのは先生方の技量が本当に卓越しているからだと思いました。地域医療をやっている医師は実際、どの場所にいても優秀な医師だという話も聞きます。私も気づかされた点です。行ってみないとわからなかったことだと思います。

隠岐で記念撮影

 

技術プラス「人間力」

──周囲の方をまとめていく先生方の「人間力」のすごさというのも感じることができたと思いますが。

立崎 技術的な面プラス人間力というのは地域医療では欠かせないと思います。それが後天的なものか先天的なものかはわかりませんが。

 

──薬剤師の場合も、大学病院のようなところと地域の医療機関での仕事ぶりは違いますか

江渡 たとえば、都会の大学病院だと人が多いので、作業が細分化されているイメージでしたが、隠岐では一人でなんでもやる。「この患者さんはお薬をお湯で飲みたい人」とか、「この薬は粉にして」など、名前を見るだけで把握しているのはすごいと思いました。総合的に考える力が必要だと思います。オンライン講義の時に薬剤師さんが一人しかいないと聞いても、いまひとつイメージがわきませんでしたが、実際に現地を訪れてみると「そこまで一人でやらなければいけないんだ」ということがよくわかりました。

 

地方の特性大事に

──2年前に地域医療体験プログラムに参加し、その後、医学部や薬学部に進学されています。プログラムに参加してどんな影響を受けましたか。

江渡さん

江渡 医学部に進みたいという気持ちがあって、その中で地域医療は面白そうだと思っていました。プログラムの存在は、自治医科大のホームページで知り、参加につながるコンテストに高2で初めて応募しました。小論文部門で佳作となり、高3でスピーチ動画部門に応募し、優秀賞をいただきました。

 入賞者は「プレキャンプ」というセミナーに招かれ、地域医療についてより深く学ぶことができます。リベンジをはかった高3では、プログラムの参加者にも選ばれました。当時の私は、成績がふるわず、自分の興味のあることがわからなくなっていました。めげそうになった時、背中を押してくれたのがこのプログラムだったと思います。

 小さい時から医療に漠然と関心があったのですが、医師だけでなく薬剤師やいろいろな人が支え合って医療がなりたっているということがわかりました。私が育った東京では、診察を受けても医師以外の職種の人と関わることが少なく、診察を受けて終わりということが多いのですが、多くの人の協力を見て、その一助になれればいいなという思いが強まりました。

 21年3月のプログラム本番の時には、北里大への進学は決まっていましたが、こうしたことには、その前のプレキャンプなどで気が付きました。プログラム参加者に選ばれていなければ、薬学部の受験すらしていなかったかもしれなません。希望していた医学部には行けませんでしたが、後悔は残らない形で進学できました。選ばれたというだけで、自分が医療の力にならなくてどうするんだという気持ちになりました。

立崎さん

立崎 高2の時、学校の先生からプログラムについて教えてもらったのですが、ちょうど締め切りを過ぎていたので、3年生になったら絶対応募しようと思っていました。祖父、祖母は青森県十和田市で農家をしており、自分も地方で育ちました。私自身が効率重視型の人間である上、高校生の時に東北大の先端的な研究活動に触れて、地方の非効率なところとのギャップを感じました。ただ、地方の非効率性の部分に何か大事なものが隠れているんじゃないか、そこは大事にしたいなという思いはありました。応募したのは、地域医療についての自分の考えが現実と合っているか知りたいという気持ちがありました。

 

──それはどんな考えだったのですか。

立崎 地域の人のためになることをしたいと思っていましたが、そのために医師免許を必ずもっている必要があるのかと、大学生になってから悩むようになりました。そうした中で現場を見て、医師であるという強みを活かして地域をサポートできるということが、3月に訪問した名田庄診療所でわかりました。また、八戸では救わなければいけない命を救う青森県の基盤を作るという形を見ることで、医師という側面から人々を幸せにするということができるというのを改めて感じました。それで、やはり将来がんばっていこうと気持ちが持てるようになりました。

 

──お二人がプログラムを通じていろいろな経験をされたのがよくわかりました。医療に関心を持つ高校生に、このプログラムについて伝えるとすればどのような点ですか。

江渡 地域医療には興味があるけれどよくわからないという状態で参加したのですが、プログラムでさまざまな経験をしてみると、どういう人になりたいということまでを考えるようになりました。高校生に伝えるのは難しいけど、「地域医療、難しい、わからない」と思わずに、ちょっとでも興味をもったら挑戦してもらいたいと思います。

 

立崎 ほんとうに貴重な体験だから熱意のある人が参加してほしいと思います。勉強ができて医学部を目指せるからというだけでなく、この経験を大切に生かす熱意のある子がたくさん参加してくれたら意味のあるものになると思います。

取材に答える立崎さんと江渡さん

山田記者

 江渡さんと立崎さんは、読売新聞教育ネットワーク事務局の山田聡記者の誘いで、今回のプログラムにゲスト参加した。

 昨年夏、自主的に隠岐島前病院を訪問した2人から「オンラインで見たことをリアルでも体験でき、感動しました」と報告のメールを受けた山田記者が、2人に参加を呼び掛けた。

 山田記者は今年4月、肺がんのため亡くなった。「2年前にかなわなかった対面での参加ができたのは、山田さんのおかげ。医療を目指す高校生の道しるべを作れないか、私たちができることを探していきたい」と2人は話している。


医療への理解深め、必要な人間性も学ぶ~医療体験セミナー

 今回の地域医療体験プログラムには、4人の高校生が参加した。自治医科大(栃木県)の主催で22年に実施した「高校生小論文・スピーチ動画コンテスト」(応募者310人)の入賞者21人を招いたセミナー「地域医療プレキャンプ」で、地域医療をテーマにしたグループ討論を行い、教員による選考などで4人の参加が決まった。プログラムは、23年度も自治医科医大の協力を得て実施する予定だ。

 また、23年秋には、順天堂大など大学病院の医師らが、専門分野について語るオンラインセミナー「未来の医療を創る君へ」も開催する。

 元々は、大学病院の手術室に高校生数人を連れて行くプログラムだったが、新型コロナウイルスの影響で20年以降、オンラインに形態を変えた。22年のセミナーには全国の高校生約1400人が視聴した。

 地域医療体験プログラム、秋のオンラインセミナーともに、講師の医師らに高校生が質問する時間を多く割いている。答えが一つとは限らない医療についての理解を深め、医師に求められる人間性も学べる。

八戸市立市民病院で
(2023年6月20日 13:14)
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