医療体験プログラム

大学プログラム

地域医療考えた4日間 島根、青森、福井の医療機関 × 高校生

【参加生徒】
慶野歌音さん(東京都・晃華学園高2年)、笠井優さん(岩手県立盛岡第一高2年)
坂井宏羽さん(埼玉県・大宮開成高3年)、中村美咲さん(秋田県立秋田高2年)

 

 地域医療を担う若者を育てようと、高校生4人が離島や過疎地といった高齢化率の高い現場での医療を学ぶプログラム(一般財団法人「三菱みらい育成財団」助成事業)が3月末に行われた。新型コロナウイルスの影響で、現地体験の代わりにオンライン講義となったが、参加した4人は、島根、青森、福井県の医療現場の様子を動画で学び、医療従事者や住民からも話を聞いて地域医療のあり方を考えた。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大とともに、医療体制のあり方に関心が集まることになった。

 こうした情勢下、自治医科大学は2021年度、「私たちが描く、この未来(さき)の地域医療」をテーマに、高校生を対象に小論文・スピーチ動画コンテストを実施した。645人から応募があり、24人が入賞。このうち4人が3月28~31日の4日間、同大卒業生が活躍する島根県の隠岐島前(どうぜん)病院、青森県の八戸市立市民病院、福井県のおおい町国民健康保険名田庄診療所の協力で、オンライン講義によるプログラムに参加した。

 2年連続で応募し、初めて参加することができた晃華学園高(東京都)2年の慶野歌音(かのん)さんは「プログラムの様子を新聞やネットで知り、地域医療を体験したい気持ちが強くなった」と、最前線での学びへの期待に胸を膨らませた。

 4日間の日程を振り返り、自治医科大の大槻マミ太郎副学長は「オンラインでも、地域医療を支える総合診療医の実像を理解する貴重な機会になった」とプログラムを評価した。

※学年、肩書、及び各病院のデータは、今年3月時点のものです。

 

 

スタッフや住民の声聞く

28、29日 島根県の隠岐島前(どうぜん)病院

超音波(エコー)検査で患部を見ながら処置を行う隠岐島前病院の黒谷一志院長(写真はいずれも、オンライン講義の画面から)

 

 隠岐島前病院のセミナーは午前8時20分、院内朝礼への参加から始まった。朝礼は、各科の担当者がその日の業務を説明し、院内の情報を共有することが目的だ。生徒4人も病院スタッフを前に初日は自己紹介、2日目はセミナー受講の感想を一言ずつ述べ、院内業務の雰囲気を体験した。

 2日間のセミナーの中心は、計3時間を超える診察室からの外来生中継と、事前に撮影した約1時間の病棟診療の動画の視聴だ。患者や医師から数歩という距離で撮影された動画には、医師が細かな補足説明をチャットで書き込み、生徒からの疑問にも答えた。

 外来中継では、肩や膝などの患部を超音波(エコー)で見ながら行う治療の様子や、入院か自宅療養かで悩む高齢患者と家族とのやりとりが映し出された。診療にあたっていた白石吉彦参与は生徒に「あなたが医師なら、この場合どうしますか」と、患者の選択にどこまで踏み込むべきかを考えさせた。

 医療スタッフや病院でボランティアを務める住民の話も聞こうと、それぞれ約1時間、質疑応答も行った。島での医療について看護師は「患者との距離が近く、暮らしを見て医療をできるのが魅力」と答え、住民は「病院は地域の宝。一緒に地域医療を守り育てている」と話した。

 岩手県立盛岡第一高2年の笠井優さんは「住民の『病気の説明だけでなく、話を聞いてくれるお医者さんが良い』との言葉がすごくリアルだった。私もコミュニケーションを大切にして、地域で信頼される医師になりたい」と将来の希望を話した。

離島での医療について、参加生徒の質問に答えた隠岐島前病院の白石吉彦参与(左上)、黒谷一志院長(右下)と医療スタッフ

隠岐島前病院

 日本海の隠岐諸島西ノ島にあり、本土からフェリーで約3時間。3島からなる島前地区は人口約5700人、高齢化率約45%、診療所は3か所あるが、入院施設(44床)は同院だけ。常勤医は7人。島根県。

 

 

挑戦続ける姿に感銘

30日 青森県の八戸市立市民病院

ドクターヘリ導入までの経緯を説明する八戸市立市民病院の今院長

 

 八戸市立市民病院では、ドクターヘリを使った広域救急医療の取り組みついての講義が行われた。今明秀院長は、医療現場でのつらく、悔しい経験を重ねるごとに「助かる命を少しでも増やしたい」という思いを強くし、ヘリやドクターカー、移動手術室を使って地方のハンデを克服してきた約20年間を紹介した。

 最初は人材不足に悩まされ、救命救急医は院内に今院長一人しかいなかった。若手医師を確保しようと始めたのが、研修医を対象にした全国規模の救急講習会の八戸での開催で、わずか数年で救命救急医は20人を超え、チーム医療が可能になったという。

 救急救命率の向上を目指し、現場到着や治療開始までの時間短縮に徹底的にこだわり、ヘリでの患者搬送や医師を乗せて現場へ直行するドクターカーを積極的に導入。さらにドクターカーを改造、現地で車の後部からテント状の仮設手術室を展開できる移動手術室を地元の大学と共同開発し、国土交通省や厚生労働省との粘り強い交渉で規制もクリアして、実用化にこぎ着けたという。

 「海上で心肺停止・意識不明で見つかった47歳女性を、近くの海岸に急行させた移動手術室で治療。1か月後には退院させた」など、絶望的な状況の患者を救ってきた事例を挙げ、「ドラマよりもすごい、これこそ、劇的救命です」と説明した。
 講義の圧巻は、ヘリやドクターカーでの救急出動に密着した動画の視聴だ。医療スタッフが体に装着したカメラが映した現場の様子に、大宮開成高(埼玉県)3年の坂井宏羽(ひろは)さんは「現場にいるような緊張感を覚えた。挑戦し続ける姿に感銘を受けた」と語った。

ドクターヘリで患者の収容にあたる八戸市立市民病院の医療スタッフ

八戸市立市民病院

 青森県八戸市。ドクターヘリの基地病院(628床)で、同県東部と岩手県北部をカバー。ヘリ1機(年間出動約500件)のほかドクターカー4台(同約1500件)で広域救急医療を行う。

 

 

病気だけでなく人も診る

31日 福井県のおおい町国保名田庄診療所

中村所長(左)がボードに質問を書いて見せると、男性は手の指で「OK」と答えた(おおい町国保名田庄診療所で)

 

 人口8000人余りの福井県おおい町の山間部で地域医療を担う名田庄診療所。中村伸一所長は外来、訪問診療の動画を生徒たちに見せながら解説した。

 耳が遠い患者の問診では、手書きのボードで筆談する場面が映し出された。「胸のえらさ(つらさ)はどうですか」と尋ねると、心臓病を患っている男性(90)は手の指で「OK」のマークを作って答えた。

 企業と共同開発した電子カルテも手書きで入力できるのが特長で、「患者の方を向いて、顔を見ながら入力できる。筆跡から診察時の状況も思い出すことができる」と中村所長は生徒に説明した。

 「何げない会話でも、普段と何か違ったら疑問を持つことが大切」。中村所長は病気を見逃さない診察のコツを紹介し、「病だけでなく、人も診る。患者の日常を支えるのが仕事だ」と話した。さらに、患者の生きがいや、家族に囲まれて自宅で最期を迎えることを最優先に治療を進めることが、ここでの地域医療だと強調した。

 この地域は高齢化が進み、遠くの大きい病院へ行くのは大変で、自宅療養を望む割合が高い。様々な病気に対応する総合診療医の中村所長は訪問診療も行う。慢性心不全を患う一人暮らしの女性(88)宅では、体重を量ってむくみがないかを確認すると「先生のおかげで、いつも助かっています」と女性が顔をほころばせた。
 秋田県立秋田高2年の中村美咲さんは「医療にぬくもりがある。患者の人生に寄り添い、関わり続ける地域医療の役割はとても大きい」と感慨深げだった。

おおい町国民健康保険名田庄診療所

 福井県の最南端で京都府に隣接する地域にある。山あいに集落と田畑が連なる名田庄地区は人口2259人、高齢化率41%(4月1日現在)。医師1人、看護師5人、事務員2人。

 


 

(2022年6月 2日 11:20)
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