デジタル一眼レフカメラでスタジオ体験

撮影する参加者たち

 一眼レフカメラを使ってスタジオカメラマンを体験するイベントが2月、東京都港区の障害保健福祉センター(ヒューマンぷらざ)で行われた。多目的体育室に写真撮影の簡易スタジオを設けて、参加者が互いにカメラマンになったり、モデルになったりしながら交流した。

 イベントは港区が主催。読売新聞教育ネットワーク事務局の横山聡記者(元写真部次長)が講師となり、11人の参加者に写真の撮り方、モデルへのポーズの付け方などをアドバイスした。

 港区では、誰もが学べる環境を整えるため、障害の有無などにかかわらず、障害者と健常者が共に学び交流する講座を実施している。これまでも横山記者を講師に一眼レフカメラを使った写真講座を開いてきたが、簡易スタジオを設けたのは初めて。横2メートルのセットペーパーで背景とフロアを作り、ライト、ストロボ、傘、反射板を置いた。参加者たちは順番に一眼レフカメラを構えて「はーい、笑顔で」「体をこちらに向けて」などとモデルに注文。モデルになると、持参したぬいぐるみや人形、センターが用意した小物などを手にカメラに向かってポーズをとった。

 参加者たちは、スタジオの外の体育室内でもいろいろなものにカメラを向け、シャッターを切った。自分で撮った写真から「わたしの1枚」を選んでタイトルをつけ、順番に写真の狙いを説明した。

 参加者は「いつも撮ってばかりなので、モデルとして撮られるのは新鮮な体験だった」「スマホと違って一眼レフだと工夫ができて楽しかった」などと感想を話していた。

 

初めての出会い それぞれの物語

モデル 松本 彰子さん

撮影:豊田久美さん
カメラ:FUJI GFX50s
レンズ:FUJINON GF LENS 63mm f2.8
撮影データ:iso400 1/125秒 F6.4 K4700

 

夜ごはん 何がいい?

 午前8時過ぎに夫を仕事に送り出してから、少し寝るのが習慣になっている。11時ごろ、マンション内にあるコンビニエンスストアに出向いてコーヒーを買う。スマホのアプリで配信されるクーポンは10円引きが多いが、気前よく半額の日もある。そんなときは、一番高いアイスカフェラテを選ぶ。同じ階のラウンジで飲みながら、スマホでメールをチェック。「返信が遅いって言われるの。夫は仕事中だと思って、遠慮しているのに」。

 

 今回の講座で初めて一眼レフカメラを使った。「重かった......でも、ほしくなりました。スマホじゃ物足りない」

 その一眼レフで、イグアナのぬいぐるみを撮った。5年ほど前、爬虫類・両生類の動物園「iZoo(イズー)」(静岡県河津町)で買った。「爬虫類も両生類も大好き。へびを首に巻いてくれるような動物園もあるでしょう。私は平気なの。夫は、そういうのダメなんだけれど」

 

 港区の講座には週に3日から4日参加している。リフレッシュ体操、絵手紙、音楽セラピー。パソコン講座では、文章を書くだけでなく、クリスマスカードや写真のアルバム、地図も作った。フラダンスの講座にもまた申し込みたい。音楽に合わせて体を動かすのは楽しい。

 

 コロナの前は、夫婦で一つの国にひと月滞在というような、ゆったりとした旅行をしてみようかと考えていた。それは今のところ実現していない。「海外旅行はまだ難しいかもしれないから、出雲大社に行ってみたいの。それから鳴門海峡の渦潮ね」

 夕方、夫が職場からラインを送ってくる。「今から帰ります」というスタンプ。「スーパーに着いたら電話するね」と書いてくることもある。「夜ごはんは何がいい?」「なんでもいいよ」

松本さんの"わたしの1枚"「頭でっかちイグアナくん」
カメラ:Canon EOS Kiss X7

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モデル 高橋 誠一郎さん 

撮影:山本純嗣さん
カメラ:FUJI GFX50s
レンズ:FUJINON GF LENS 63mm f2.8
撮影データ:iso400 1/125秒 F4 K4700

 

ラ・ヴィ・アン・ローズ

 「ふつうです。特徴がない。妻も同じことを言うと思います」

 これが自己評価だそうだ。その人が、とびきりの笑顔を見せた。左手に持っているのは鍋つかみ。カラフルな動物にかみつかれそうになっているときのような、コミカルな写真ができあがった。

 フィルムカメラの時代から風景写真や記念写真を撮っていた。コンパクトデジタルカメラも買ったが、せっかくならしっかりした性能のカメラを手に入れたくなり、参考になるかもしれないと講座に参加した。

 「背景、反射板、ストロボ......本当のスタジオのようで感動しました」

 

 国立大学では工業デザインを学んだ。卒業して航空会社のパイロット採用試験に合格し、訓練所に通った。半年間の座学の後、米国での実地訓練に出向いたが、着陸の試験に2回落ちて不合格になった。オイルショックで就職難の時代。中途採用はしていないところが多かった。大学に戻って研究生として1年過ごした後、何社か受けて筆記試験を通過すると、面接では同じことを尋ねられた。「工業デザインを専攻したのに、パイロットを目指して試験に落ちて、なぜ今度はうちの会社ですか?」。どこも不採用だった。

 ある社団法人に応募書類を出すとき、人事担当者にまず自分の経歴を説明した。「この経歴に問題があるなら、先に言ってほしい。お互い時間の無駄ですから。私も少し疲れてきました」。面接担当者は答えた。「うちはそんなことを問題にはしません。いろいろな人を幅広く採用したい」。その法人に定年まで勤めた。

 

 勤めているときは仕事で海外に出向くことも多かった。ヨーロッパ、特にフランスが好きになり、いまもフランス語を勉強している。「シャンソンも歌います。いま練習しているのは『ラ・ヴィ・アン・ローズ(バラ色の人生)』。カラオケも、フランス語だと『おっ、なに歌うんだ?』と関心をひくし、間違えているかどうかわからないじゃないですか。こりゃいいやと思って」

高橋さんの"わたしの1枚"「撮影指導」
カメラ:Canon EOS Kiss X7

モデル りょ~ちん 

撮影:豊田久美さん
カメラ:FUJI GFX50s
レンズ:FUJINON GF LENS 63mm f2.8
撮影データ:iso400 1/125秒 F5.6 K4700

自然に笑顔に
 「りょ~ちん」は、スマホのオンラインゲームで使っていたニックネーム。ガラケーのころからゲームが好きだった。「ガラケーでポチポチ打ちながら夜中までやっていたけれど、スマホに替えたらすごく速くなって、寝る時間が増えました」。でも、課金がかさんだり、病気が悪化したりで、ゲームはやめた。

 

 カメラマン体験講座でモデルになったときは、リラックスしてカメラに向かうことができた。「注目されると固まってしまうことが多いんですが、自分でも自然に笑うことができたなあって」

 ライトなどの機材に臆することがなかったのは、中学・高校時代に演劇部で照明を担当していたからというのも大きい。

 「演じるのは上手な人がいたので、裏方に回りました。ライトが当たっているところは暑いけれど、照明室は涼しいんです。それに、ストーリーに合わせてライトのオン、オフをするのが主な仕事で、楽だったので」

 

 実は写真は撮り慣れている。インディーズのバンドのライブをコンパクトデジタルカメラで撮っていたが、写真仲間から高性能の一眼レフカメラを譲ってもらった。「ライブに来てよ」と誘われると、「行ってもいいけど、写真撮ってもいい?」と交渉する。撮ってもいいと言われると、全国どこにでも出かけていた。

 

 昨年秋の港区のイベントで、久しぶりに朗読劇にチャレンジした。演目は「イワンのばか」(トルストイ作)。本番2日前に配役が変更になったが、うまく演じることができた。3月に上演した「雪女」(小泉八雲作)では、ナレーションを担当する予定だったが、上演当日の朝、雪女の役に変更になった。「ちょっと焦って、声が上ずってしまいました」。でも、声を出すことが好きだと実感した。

 

 ヒューマンぷらざの講座に参加するときは、天気が良ければ歩いてくる。自宅から約15分。歩くのは心地よいが、難点もある。「誘惑が多いんです。道筋にコンビニがいくつもあって、ついつい甘いものを買ってしまう。それがなければねえ」

りょ~ちんの"わたしの1枚"「いざ出動」
カメラ:Canon EOS Kiss X7

モデル 畑中 水無子さん

撮影:参加者
カメラ:FUJI GFX50s
レンズ:FUJINON GF LENS 63mm f2.8
撮影データ:iso400 1/125秒 F5.6 K4700

 

明日も学びを

 アクティブでしなやかな身のこなし。躍動感が写真からあふれていると思ったら、ボクシングの講座に通っているという。もう10年になる。

 なぜ、ボクシングを?

 「だって、ボクサーの身体って無駄がないし、動きもシャープ。自分もやってみたいなと思って」。なわとび、サンドバック、ミット打ち。ハードなメニューをこなす。「10年やっても、うまくはならないですね。でも、叩くとすっきりします。年をとっても動けるように、ボクシングは続けたいですね」

 

 美術大学で木彫を専攻した。仏像が好きだった。「人間の身体の線が一番きれいだと思うんです」

 卒業後はフランスに留学するために資金をためていた。ところが、父親が病気になり、直前に留学を断念せざるを得なかった。フランス関係の文化交流誌を出す雑誌社に入り、7、8年勤めた後、北アフリカのチュニジアの大学に2年間留学してアラビア語を勉強した。いまもアラビア語は続けている。

 

 数年前、早稲田大文学部の履修生になり、文化財の保存と修復を学んで学芸員の資格を取った。「文化財に指定されてはいないけれども、すばらしい仏像があるんです。お寺にお金がなくて、修復ができずに困っている。そうした仏像を修復するのは、とても面白かった」。開眼供養や入魂式といった仏教の儀式にも詳しくなった。「大学のときに、外国人から『日本人なのに弘法大師も説明できないのか』と言われたんです。日本の文化についても学ばなければと痛感しました」

 

 求められれば、ワークショップの講師にも挑戦したいという。「フランス語にアラビア語、お絵かきでも粘土細工でも、何でもやりますよ」

 やはり、どこまでもアクティブだ。

畑中さんの"わたしの1枚"「ぼかぁ、幸せだなあ・・・」
カメラ:Canon EOS Kiss X7

モデル U.Kさん

撮影:参加者
カメラ:FUJI GFX50s
レンズ:FUJINON GF LENS 63mm f2.8
撮影データ:iso400 1/8秒 F7.1 K4700

 

あなたを見つけたい

 モデルになるのは恥ずかしかった。でも、勉強になったという。「立つ位置、ポーズのつけ方、ライティング......なるほど、こうするのかと思ってみていました」。

 病院で、秘書業務と広報誌の編集にあたっている。広報紙は院内向け、患者向け、他の医療機関向けの3種類。取材、原稿依頼、写真撮影を3人でこなす。

 だが、写真が曲者だ。とりわけ人物は。「ポーズをつけての写真撮影は、撮る方も撮られる方も照れくさいし、視線が定まらないし......」。手術中の医師や患部の写真も撮る。「漠然としていて、何を撮りたいのか、見せたいのか、いまひとつはっきりしないなあと思っていました」

 

 新人看護師をメーンにしたページの写真撮影で、もどかしい思いをしたことがある。同じユニフォーム姿のたくさんの看護師の中から、1人だけ浮かび上がるような写真を狙った。「とってもいい病院で、この病院で働きたい、と思ってもらえるようにと企画したページでした。でも、思い通りの写真が撮れなかった」

 今回自分で撮った「わたしの1枚」には、その時の思いがこめられている。たくさんのボールの中にアヒルのぬいぐるみ。新人看護師の姿が重なる。

 

 10年前に夫を亡くした。病院の同僚だった。マラソンが趣味で、葬儀にはランナー仲間が大勢参列した。そのお礼に出向いたとき、初めて一緒に走った。70代、80代のランナーについていけなかった。「学生のときにはテニスやスキーをしていたので体力はあると思っていたから、ショックでした」。ランニングクラブに入り、フルマラソンの大会では3時間半でゴールするまでになった。昨年7月には4度目の富士登山も果たした。奥多摩や丹沢にトレイルランニングにも出向く。

 

 記録としての写真。その大切さにも関心を向けている。病院の防災訓練では、広報誌編集の3人は写真撮影の訓練をする。「災害のときの記録が、医療をどうしていくかを考えることに役立ちます。だから、まだまだ学ばないと」

U.Kさんの"わたしの1枚"「わたしを探して」
カメラ:Canon EOS Kiss X7

モデル 山本 純嗣さん

撮影:参加者
カメラ:FUJI GFX50s
レンズ:FUJINON GF LENS 63mm f2.8
撮影データ:iso400 1/125秒 F5.6 K4700

 

思い、限りなく

 愛用のボールペン、パーカースターリングシルバー。カメラマン体験講座で撮影しようと自宅で丁寧に磨いた。そのとき、ふと思った。「そうだ、これを贈ろう」

 次男が、ラインの部長に昇進したようだ。そのお祝いにどうだろう。

 入手して四半世紀。一緒に仕事をして、定年まで勤めあげた。「同僚に負けずに仕事をやりました。この体で、定年まで。それが私の誇りでした」

 

 大学時代、11月の谷川岳でのロッククライミング中に転落。3日目に仲間に救助されて一命を取り留めた。熱意ある医師のもと、手術は8回におよんだ。奇跡的な回復により仕事につけるまでになり、大手建設会社に入った。営業の仕事のかたわら、再びスポーツにもチャレンジし、休日にはダイビングやゴルフに出かけた。

 

 南の島の海、饒舌な星宙(ほしぞら)、そしておさけ。そんなことができたらと夢に描いていた。「これからは自分の時間だ。楽しみに60歳の定年を迎えたんです」。そして、モルジブ、ロタ、パラオと旅するなか、手が震えていることに気づいた。パーキンソン病という診断だった。「これからというときに、なぜ、と落ち込みました。人生2度目の試練です」

 いまは気持ちを切り替えている。「みなとパーキンソン友の会」の副会長として、専門医を招いての講習会、リハビリ体操、音楽療法などのスケジュールを調整し、講師との折衝にあたる。「20代で発症する人もいます。自分がまさかパーキンソ病だとは思わずに、治療を始めるのが遅れてしまうケースもあります。そうした人を救いたいんです」

 

 自分が撮影したボールペンの写真には「∞(無限)」とタイトルをつけた。1本のペンが果たす役割は無限大だ。世の中はデジタルで動いているが、アナログには限りない味わい、深み、可能性がある。

 「お父さんが大事に使っていた古いペンだけれど、よかったら使ってくれないか」。そう言って次男にボールペンを手渡した。「喜んで使わせてもらうよ」

 互いを思う気持ちは限りなく深く、そして、強くなった。

山本さんの"わたしの1枚"「∞(無限)」
カメラ:Canon EOS Kiss X7

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平尾 健さんの"わたしの1枚"「障碍と社会を繋げる」

参加者の"わたしの1枚"「カワイイ怪獣出現」

参加者の"わたしの1枚"「春風に舞うガーベラ」

知らない人同士 つながる1枚    横山 聡(読売新聞)

 人と人とがしっかりと向き合って撮るのが、ポートレート撮影の魅力です。

 屋外でもスタジオでも、それはカメラマンとモデルの共同作業で、一方的な撮影だと深みのある作品は撮れません。今回初めての試みでしたが、職員やスタッフの皆さんが、現場でモデル役の参加者に声をかけて盛り上げてくださり、楽しいワークショップになりました。役を交替することで、ある時はモデルとして、またカメラマンとして、全員が作品に登場します。

 今まで全く知らなかった人同士が、撮影を通してお互いを知るきっかけにもなったと思います。1枚のポートレートには、ひとりひとりのすばらしい物語が隠れています。

参加者にアドバイスする横山記者(右)

(2023年7月19日 11:35)
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