下村敦史さん自身もビックリ「同姓同名」ビブリオバトル3冠
最新刊の舞台となった自宅でインタビューを受けた下村さん=多田貫司撮影
発表者がお薦めの一冊を紹介し、観客が一番読みたくなった本を投票で決定する書評ゲーム「ビブリオバトル」で、異例の出来事が起きている。2023年から今年1月にかけ、中学生、大学生、高校生が参加したそれぞれの全国大会で、下村敦史さん(42)の小説『同姓同名』(幻冬舎文庫)が、すべての優勝本(グランドチャンプ本)に選ばれた。
全員「大山正紀」...目をひく「ぶっ飛んだ設定」
2010年の秋に初めて全国大学大会が開催されて以来、各大会の優勝本は一度も重なったことがなかった。「本当にそんなことがあるのか」。著者の下村さん自身も驚いた。すぐにX(旧ツイッター)に「各年代の全国大会で優勝し、3冠!?」と投稿した。
本作は、意外な設定が目をひく。作中の登場人物の名前は全員「大山正紀」。幼女殺人事件の犯人と同姓同名だったことから、人生の歯車を狂わせていく姿をスリリングに描く。
「僕は、エンタメ作家。読者に楽しんでもらうのが最優先」と語る一方、SNS上の中傷で傷つけられた人々や、「正義の押しつけ」の是非など、社会性の高いテーマを作品ににじませた。「SNSの時代、誰もが簡単に善悪を決めつけ、個人をたたく。しかも一度決めつけると、それに取りつかれ、攻撃をやめない。その結果、最悪の事態も起きてしまう」と警鐘を鳴らす。
単行本が発売された2020年当初は、同業者には高く評価されたものの、売り上げが伸び悩み、「だめかな」と自信を失いかけた。だが2年後に文庫化されると、読者が広がった。文庫本は5刷を重ね、海外でも翻訳された。この成功をきっかけに「最近は、『ぶっ飛んだ設定』を希望する出版社が増えた」と笑う。
新刊『そして誰かがいなくなる』舞台は自宅の洋館
新刊『そして誰かがいなくなる』(中央公論新社)を2月下旬に刊行した。自宅の洋館を舞台にした本格ミステリーだ。主人公は、邸宅の主の作家。若者が今一番読みたい本を書く作家は、『同姓同名』を超えるほどの奇抜な設定で、さらなる挑戦状を読者に突きつける。(菅谷千絵)※3月12日付読売新聞文化面掲載
書斎の額縁を外すと謎のパネルが出現......。京都府内の下村邸には奇抜な仕掛けが盛りだくさん
3冠を祝うピンクの帯がついた本を手にする下村さん