大学を歩く:手間ひまかけて「育てる入試」

大学を専門に取材する記者のコラムです

 

 678大学から回答が寄せられた読売新聞の「大学の実力」調査によると、一般入試による入学者は約297,000人で、全体の56%を占めていた。筆記試験中心の一般入試について、昨年末に出た中央教育審議会答申は「知識の暗記・再生に偏りがち」「思考力・判断力・表現力などの真の学力を評価していない」と批判的だが、手間と時間をかけて受験生の潜在的な力を引き出そうとする意欲的な取り組みもある。追手門学院大学(大阪)が2014年から始めた「アサーティブ入試」が、それだ。

 アサーティブとは「自己主張の強い、強引な」などが原意だが、同大では、相手の意見も尊重しながらも率直に自分の思いを伝える姿勢を表す意味を込めて使っている。「主体性を持ち、多様な人たちと議論しながら社会を作り上げる人を育てたい。その思いからだ」と仕掛け人の福島一政・同大副学長は言う。

 同大第一志望で入学する学生は毎年2割程度。不本意のまま入学して無為な時間を過ごすのではなく、自信を持たせて社会に羽ばたかせたい。そのために大学の入り口から意識を徹底的に変えようと、全部で10か月以上もかかる「事前教育―入学者選抜―入学前教育」の流れを構築した。

 

 事前教育の開始は14年5月。同大職員が志望者に面談で「なぜ大学に進学するか」「なぜ追手門学院大か」と動機や学びへの意欲を問いかけ、他大学と見比べるよう勧めた。希望すれば何度でも面談が可。加えて、インターネットで学べる数学と国語の教材や、「正義とは何か」など正解が導きがたい課題を巡ってSNSで他の志望者と議論できるプログラムも開発した。

 こうした過程を経て8~11月に入学者を選抜する。15年度入試の場合、事前教育に参加した221人のうち89人が選抜に臨み、グループ討論の1次と、個別面接、基礎学力適性検査の2次選考を突破した53人が合格した。入学決定者には、新聞を活用し、十数年分の10大ニュースを振り返り、学びと社会との関わりを考えさせる課題など、入学前教育を行う。

 しかし、それで終わりではない。入学後も学生との密な関わりが続くため、学生の満足度は高いようだ。今年5月、同大の職員が面接を行い、新入生たちに「入試は役立ちましたか?」と尋ねていた。そのうちの1人、心理学部の安井琴美さん(18)=写真=は「初めて勉強が楽しいと思いました」。片道2時間かかる通学も全く苦にならないと語る笑顔が印象的だった。

 

 入学者総数のわずか3%の人数に、10か月以上向き合った教職員は54人に上る。大変な労力のかかる入学者選抜だが、さらに態勢を充実させ、いずれは入学者の3分の1にまで広げたいという。「受験生1人1人の幸せを考えるのが大学の使命。手間ひまは惜しくない」と福島副学長。教育とは何かを、改めて考えさせられた。(読売新聞専門委員 松本美奈)

(2015年8月 3日 15:40)
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