女性管理職50%超 ~イケアの秘密
ペトラ・ファーレさん(左)とヘレン・デュフォンさん
「家での平等」が社会を変える
「より快適な毎日を、より多くの方々に」を掲げ、機能的なデザインの家具や雑貨を世界各国で販売するイケア。「ジェンダー平等」をはじめとするSDGsに先進的に取り組む企業としても知られ、2023年3月には、世界31か国の経営幹部のうち女性の割合が56%、女性CEO(最高経営責任者)が45%に達しました。
なぜ、職場での50/50を達成できたのでしょうか。世界31か国でイケアの店舗を運営するIngka(インカ)グループで、ED&I(公平性、多様性、包括性)の責任者を務めるヘレン・デュフォンさんに、その秘密を聞きました。
(聞き手:読売新聞教育ネットワーク事務局 勝俣智子)
ヘレン・デュフォン
現イケア・ポルトガルCEO(最高経営責任者)兼CSO(チーフサステナビリティオフィサー)。2021年5月から、IngkaグループのED&I責任者も兼任している。1998年にイケアに入社後は、購買部門のエリアマネジャーとして、スウェーデンや東南アジアなどを担当後、イケア・フランス、オーストリアなどで管理職を務めた。
目標実現への責任感
──「女性経営幹部56%」の数字は、一般的な日本企業から見ると驚きの数字です。これが実現した最大の理由は、何でしょうか。
ヘレン・デュフォン 男女が同等のリーダーシップを持つことは、長年の命題でした。実現のために最も重要だったのは、この取り組みが経営幹部から始まり、さらに目標を実現させるという強い責任感が、幹部から管理職へ会社として貫かれていたことです。
20年前のことです。各国の経営幹部が集められた場で、当時のCEOが「本格的なアクションを起こそう」と呼びかけ、そこからジェンダー平等を推進してきました。2013年には各国のリーダーに対して「50/50」のジェンダーバランスが課され、その2年後にはその数字をほぼ達成しました。目標の実現は、明確なゴール設定とマインドセット(価値観と信念)、20年前に目標を立てて10年間で具現化させるというように年々の指標を示して、フォローアップ(事後点検)すること、リーダーの責任感、これらがあってこそのことです。
──20年前と言えば、ちょうどヘレンさんが入社された時期です。当時と比べて、社員の意識はかなり変化したのでしょうか。
ヘレン 昔と比べるならば、より良いジェンダー平等を実現しようと取り組んできたのは事実です。私も様々な国際的ポジションを経験しましたが、どの国でも必ず達成しなければならないものとして重要視してきました。ですが、イケアの根底には「イケアバリュー」※という価値観があり、平等な人権を重要視し、長い年月をかけて根づかせてきた経緯があります。私が24年前に入社したのも、この点でとてもよい企業だと思ったことが理由です。
※イケアバリュー 連帯感/環境と社会への配慮/コスト意識/簡潔さ/刷新して改善する/意味のある違うやり方/責任を与える、引きうける/手本となる行動でリードする
──イケアには「50/50」を実現する土壌が元々あったのですね。
ヘレン ひとつ付け加えるならば、各国でリーダーシップを取るのが男性であろうが、女性であろうが、そのこと自体はあまり関係がありません。かつて、アクションを提唱したのも男性でした。重要なのは、それが各国で同じ意識を持って取り組んできたことで、特に日本では強力なリーダーシップが発揮されたと考えています。
ヘレン・デュフォンさん
スタートは「家での平等」
──「ジェンダー平等」の実現に最も効果的だった取り組みを教えてください。
ヘレン 「家での平等」を会社として重要視しています。職場の平等も大切ですが、同時に家での平等も重要で、働くということはそこからスタートするものだと思っています。
働きながら家庭との両立ができるよう、夜に会議を設定することはほぼありません。同時に男性には、管理職も含めた全社員に育休を取るように推進しています。家での暮らしをよりよくするビジネスを行っている企業として、すべての社員が毎日の暮らしと育児をよく知っていることが不可欠だからです。さらに、イケア・ジャパンでは配偶者(パートナー)が出産した時に15日間の特別休暇を取ることができる制度があり、ほとんどの男性が取得しています。
もう1点、ロールモデルの存在も重要視しています。「自分もこうなれるんじゃないか」と見上げる対象がいることはとても重要だと考えます。日本でも半数の管理職が女性です。
──イケア・ジャパンでは、2022年末時点で経営幹部の66%、管理職50%が女性と聞いています。
ペトラ・ファーレ・イケア・ジャパンCEO兼CSO ヘレンの話に付け加えますと、体系的なアプローチを重ねていくことも重要です。
例えば採用活動では、どの段階でも男女両方の候補者が必ずいる状態にします。後継者の育成については、自分から職種に手を挙げる社内公募制度がありますし、当初は女性向けに行っていた「メンターシッププログラム」は男性にも幅を広げました。会社として、何を行うにも「ジェンダー平等」が組み込まれるようにしています。指標やゴール設定などのアプローチも重要ですが、会社として目標実現をサポートする体系的なアプローチを持っていること、そしてそれが人事プロセスのなかで実現していることが重要だと考えます。
──「家での平等」をどう図り、仕事と両立するかは、私自身も常に悩んでいることの一つです。ご自身が仕事を行う上では、どのような工夫をされたのでしょうか。
ヘレン 私には28歳の息子がいます。家庭内のことは夫と分担し、私が主に外で働くという形です。息子との時間がより多いのは夫で、学校や宿題のフォロー、スポーツの習い事などのサポートは夫がしていました。これは他の女性にはあまりないことでしょうし、息子にも私にも、非常にラッキーだったと感じています。
例えばいま、息子がある女性と知り合ったとします。その人が自分より給与が高く、高い地位にいたとしても、彼はそのことに何の違和感も覚えないでしょう。夫と息子の関係性が近かったことで、息子がこのような考えを持っていることは誇らしく、私たち家族が達成したことの一つだと思っています。
大切なことは、「家での平等」がもたらすものを次の世代にしっかりと見せていくことです。男女ともに家事や育児などを分担し合い、責任感も分担することが可能だということを示す。同時に、自分の人生は自分で道をひらくことができ、夢も実現できることを伝えることが重要だと思います。
ペトラ・ファーレさん
子どもたちのロールモデルに
──「家での暮らし」に関するイケアの調査では、日本の女性は「家事」をストレスとして感じる傾向が世界平均よりも強く出ています。家庭と仕事の両立に向けて、日本ではどのような取り組みが必要なのでしょうか。
ヘレン 次世代への教育が非常に重要だと考えます。イケアという一企業だけでできることではなく、パートナーシップを結ぶ様々な団体や企業と共に、家での暮らしが人々に与える影響の大きさについて伝える活動を今後も進めていきたいと思います。
そして最も重要なのは、男性が当たり前に育休を取れるような環境づくりをより推し進めていくことでしょう。家事や育児の分担は女性にとってのメリットとされますが、それは男性にとっても同じことではないでしょうか。子どもと共に過ごす時間は、男女に関係なくかけがえのない時間なのですから。
男性育休と同じぐらい重要なのは、「同一労働同一賃金」の考え方です。イケア・ジャパンでは2014年にこれを達成しました。子どもの成長に携わる時間を増やす、というような人間的なアプローチも大切ですが、賃金制度のような体系的なアプローチを整えていくことも同じぐらい重要です。
──「教育が重要」とのことですが、ジェンダー平等や多様性は、子どもの頃からの理解が大切ということでしょうか?
ヘレン 非常に大切です。特に、子どもたちのロールモデルになる存在が必要だと思います。イケア発祥の地、スウェーデンでは、「親が言うこと」を子どもがするのではなく、「親がやっていること」を子どもがやるようになることが重要だと言われます。学校でも職場でも家庭でもどこでも、誰もが仕事を平等にできることを見せる。親としても、バイアス(偏見)がない状態を見せ、手本となる行動でリードすることが重要だと思います。
イケアの店舗では、SDGsに関する取り組みを緑色のマークで紹介している
平等に暮らす未来へ
──最後に。数値的にもすばらしい目標を達成しても、イケアには「取り除かなければならない障壁」が残っていますか。
ヘレン もちろん改善点はありますし、満足することはないと思います。社員に対しても、社会に対しても、「家での平等」は「社会の平等」へとつながり、「職場での平等」は「家での平等」から始まる、ということをもっと広めていく必要があると思っています。ただもちろん、世界にはシングルの家庭もあって必ずしもそれが可能ではなく、民族や文化などによって状況が異なることもあります。
一方で、障害などのハンデがある人の割合は、おそらく世界全体で同じような状況にあるのではと思います。私たちが最近、議論を重ねているのは、障害のある方や世界的に少数派の立場にいる方々のために何ができるのか、ということです。多くの人が均等な機会を得て、平等に暮らす未来のために、私たちは今後も取り組んでいきます。
人にも地球にもやさしく
6月5日は、日本の提案で国連が定めた「世界環境デー」。イケア・ジャパンでは、6月の「環境月間」にちなんだキャンペーンを各店舗で開催しています。
これに先立ち、イケア・ジャパンは5月25日、SDGsに関する取り組み状況を発表。イケアの店舗では、
◆使用する電力源の100%を再生可能電力でまかない、特に全国9か所の大型店舗では全体の10%を太陽光パネルによる自家発電で補うことが可能になったこと
◆食品ロスを2018年比で59.5%削減したこと
◆大型店で行っている不要家具の買い取りと再販数が累計3.8万点となったこと
──などを公表しました。「公平性・平等性」の分野では、インドやバングラデシュなど就業機会の少ない農村地域に住む人々を長期的に支援するため、手織りの綿や天然素材を使った雑貨を6月から発売します。
登壇したペトラ・ファーレCEO兼CSOは「より多くの人がサステナブル(持続可能)で健康的な暮らしを実現するために、商品は誰もが手にすることができる手頃な価格であることが大切。生活の中でとりいれやすく、かつ長く使ってもらうための活動に取り組んでいきます」と話しました。
ペトラさん(左)とヘレンさん