100年計画で森を再生 日本自然保護協会×群馬県みなかみ町

2020年9月、総合学習の取り組みで、新治小5年の児童たちに「赤谷の森」の生態系を解説する自然ガイドの長浜さん(中央奥)

 

 

 

 国連が提唱する「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現には、様々な人材や組織の関与が欠かせない。国や地方自治体、企業、学校、非営利組織など、プレーヤーは多様だ。利根川の源流部に位置する群馬県みなかみ町は、小学校が授業に組み込んだ自然保護団体のプロジェクトを起点に、持続可能な街づくりを進めている。

(2020年12月2日掲載)

 

Mission 国有林伐採阻む

 

 約1万ヘクタールもの国有林が広がる群馬県みなかみ町の「赤谷の森」。1990年代前半、この森を伐採してスキー場にし、山を切り崩してダムを建設する計画が持ち上がった。

 

 森は貴重な水源であり、絶滅危惧種のイヌワシの生息や繁殖にも悪影響を与える――。林野庁と日本自然保護協会(NACS-J)は2003年、国有林伐採をめぐる長年の対立を乗り越え、この森を守るために初めて手を携えて活動することになった。

 

 粘り強い交渉の末、開発計画は白紙になり、林業振興のために植えられたスギやカラマツなどの国有林を、ブナやミズナラなどの広葉樹の森に戻し、生物多様性を取り戻す計画を立てた。

 

 現場リーダーは、当時25歳のNACS-Jの茅野恒秀さん(42)(現・信州大学准教授)。地元からすればよそ者だったが、「21世紀の100年を使って取り組む」と森の再生と持続的な地域づくりを目指した。この計画の起点として参加を呼びかけたのが、森に近い新治小学校だった。

 

Action ユネスコが評価

 

 新治小が年間を通じて赤谷の森を題材に授業を始めたのは今年度からだ。同小の5年生30人は9月、透明度の高い川が流れ、ブナの葉の淡い緑が広がる森に勢ぞろいした。

 

 引率するのは、自然ガイドの長浜陽介さん(57)。5年生は総合学習の時間で、この森を調べているが、NACS-Jの関係者らが出前授業でその手助けをしているのだ。

 

 「日本の木材価格がピークだったのは40~50年前。今ではお金になりづらいけれど、森のおかげで川の水はきれいだし、イヌワシがすめるんだよ」。長浜さんが森の仕組みを説明すると、児童たちは大きくうなずいた。

 


実物大のイヌワシの絵を広げるみなかみ町役場の小野さん(右)とNACS-Jの出島誠一さん(2020年6月、新治小学校で)=みなかみ町提供

 

 同小の加藤正一校長(54)の発案で、PTAが続けてきたドングリ拾いも、授業に組み込まれるようになった。1年時にドングリを拾い、2年時に芽吹いた苗を移植。5年時に赤谷の森に苗木を植え、6年時には例えば、アロマオイルを作ることも想定。まさに目標15「陸の豊かさも守ろう」の実践だ。

 

 みなかみ町は東京から新幹線で約1時間。町の人口は約1万8300人まで減ったが、森を守る取り組みが評価され、2017年には、地域の自然が国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)による「ユネスコエコパーク」に登録された。同町役場で自然保護を担当する小野宏和さん(42)は「自然保護活動が町全体に浸透した。町として自然保護を掲げていく決心がついた」と語る。

 

Goal 工房とも提携

 

 近隣の学校にも、森で学ぶ取り組みは広がり始めている。同町立水上小の桑原武史校長(55)も「この自然を学ばない手はない」と考え、小野さんと二人三脚で総合学習の内容を一新。テーマは3年が雪、4年が温泉、5年が利根川、6年が谷川岳だ。

 

 経済的な効果も出ている。目標8「働きがいも経済成長も」の一環で、木製家具づくりで有名な工房「オークヴィレッジ」(岐阜県)と提携し、広葉樹を提供し始めた。

 

 一連の取り組みが評価され、19年には内閣府の「SDGs未来都市」に指定された。地域の持続可能性の芽が未来に向け、100年先に向かって伸びている。

 

編集後記

 

 羽を広げると2メートルにもなるイヌワシ。その生態を新治小6年時に研究し、自然科学コンテストでグランプリに輝いたのが、新治中学校3年の石飛樹(たつき)君、クレイグ翔音(しょうん)君だ。「高い空を舞うイヌワシの姿には感動した。想像以上の雄大な自然がここにはある」と2人は語る。石飛君は続けて「都会の人にもとにかく見てほしい」、クレイグ君は「絶滅危惧種に自分は無力ではなく、何かできると確信した」と言葉を継いだ。地域に根ざすプロジェクトは故郷を誇りに思う心も育んでいる。(教育ネットワーク事務局 小川祐二朗)

 

 

 SDGs エスディージーズと読み、Sustainable Development Goalsという英語の頭文字からとった略称。「持続可能な開発目標」と訳されている。2015年の国連総会で採択され、貧困や飢餓、教育、男女の平等、働きがい、生産消費、生態系の保全など17項目の目標を掲げている。目標の下には、具体策や数値目標などを示した計169のターゲットがある。

 

ワード・ラボ 林業振興

 

 

 「森林・林業白書(2019年度)」によると、国内の林業産出額(木材・栽培きのこ類・薪炭など)は、1980年には約1兆1500億円。その後、減少傾向が続いたが、2018年は前年比3%増の5020億円と、18年ぶりに5000億円台を回復した。丸太輸出や木質バイオマス発電など新たな需要で増加した。

(2021年8月 5日 16:18)
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