2030 SDGsチャレンジ

スペシャリストに聞く

100年計画で森を再生 担当者に聞く

新治小学校の加藤正一校長(本人提供)

 

■「学校の存続をかけてSDGs授業推進」

 新治小学校校長 加藤正一さん

(2021年3月18日取材)

 

地元での学びが人生の礎に

 

小川祐二朗 2020年9月、5年生の生徒さんが学校からほど近い「赤谷の森」を探索した時に同行して記事を書きました。その後、どういう授業をされたのでしょう。

 

加藤正一 子どもたちが赤谷の森について疑問に思ったことを質問文にし、(記事に登場した)みなかみ町役場の小野宏和さんと日本自然保護協会の出島誠一さんに送り、実に丁寧な回答が戻ってきました。新型コロナウイルスの感染拡大で、授業は計画したとおりにはできませんでしたが、対外的には21年2月に開かれた「信州ESD(持続可能な開発のための教育)コンソーシアム」という集まりに参加し、5年生の代表5人がオンライン上で授業の成果を発表しました。

 

小川 改めて伺いますが、19年に校長として着任されて最初の仕事として、20年度からの総合学習の時間になぜ、「赤谷プロジェクト」を組み込んだのですか。

 

加藤 本校の強み、あるいは魅力は何かと考えた時、新治(旧新治村=メモ)という周りの環境だろうと。そこには、ものすごいテキスト(教科書)がある訳です。また、子どもたちにどういう力をつけたいかと考えた場合に、これから生きていく上で子どもの時に新治で学んだことを人生のベースにして、社会で活躍してほしいと。私はよく言うのですが、そうした「感性」が生きていく上で大事なのだと思っています。

 

小川 みなかみ町は群馬県の中でも、日本海側の気候で独特の生態系があります。雪も多いですし、利根川の源流です。先生は、新治小学校に着任されて、ここの自然を特別なものだと思われたわけですか。どちらのお生まれなのですか。

 

加藤 (群馬県)昭和村というところなのですが、やっぱりだいぶ違いますね。あと、町が国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)のエコパークや「SDGs未来都市」に登録され、そういう中での教育ですから自然とそうなります。

 

画一的な授業からの変革を

 

小川 ここが校長としては初めてということで、総合学習の時間の改革に着手されたということです。ということは、それまでに何らかの問題意識を持たれていたということですよね。

 

加藤 思っていたことは、学校教育が全国で画一化していることです。金太郎飴というか、どこでも同じような教え方をしている。運動会の伝統的な踊りであるとか、修学旅行先なども似たり寄ったり。総合学習も教育の視点が画一化しているなと思っていました。

 もう一点、学校というところはいろんな教育が持ち込まれる。たとえば健康教育はやっているのに、それとは別に特定の病気についての教育もやるといったようなことです。ごった煮なんですね。本校も赤谷の森について長くやってきたのですが、一度きちんと整理しようと考えたんです。つまり、本校の教育理念の再構築です。赤谷の森を学ぶのは、この土地で生まれ育った住民がいらっしゃって、その方々ら学べる強みもあるからです。

 

小川 地域住民の方々もテキストであると?

 

加藤 その通りです。

 

小川 5年生の総合学習に赤谷の森を入れた理由は何でしょう。

 

加藤 子どもの発達段階として、5年生はある程度、ものごとを客観的に理解できる年齢です。大人の話も理解できる。単にきれいとか楽しいとかいったこと以上のことがわかりますから。6年生は新治以外の地域の魅力を知り、そこから新治の魅力を知ってもらうと考えています。

 


新治小学校の加藤正一校長(本人提供)

 

学校の生き残りのため

 

小川 学校経営にSDGsの理念を取り入れてらっしゃいますが、それは赤谷の森に代表される貴重な自然が身近にあるからなんでしょうか。SDGsの17ある目標のうち、15番目の「陸の豊かさも守ろう」などが念頭にあるわけですか。

 

加藤 むしろ持続可能な世の中と言いますか、学校経営者として(人口減が進む)この地域の将来がどうなるのか、この学校が存続できるかがが気がかりです。学校が存続できるよう、よそから新治に移住して、子どもたちを新治小学校にぜひ入れたいと言ってもらえるような学校にしていきたいと考えているんです。

 

小川 なるほど。そこまで考えてらっしゃるのですね。地域との連携も重視されていますね。

 

加藤 教育と地域とのあるべき関係性は正直言って、まだまだできていない。こちらの考えをきちんと住民や関係者の方々に伝えていかなくてはいけない。そうすることで、良い役割分担ができればと考えています。たとえば、赤谷プロジェクトを進める日本自然保護協会は自然に関するものすごい知識を持ってらっしゃって、その知識量はふつうの教員とは比べ物にならない。伝えたいものも教員と一致する。貴重な教育資源として、これからも大事にしていきたいと思っています。

 

小川 赤谷の森から1年生が父母と一緒にドングリを拾ってくる授業は計画通りやられたのですか。

 

加藤 それが昨年はブナの実が不作の年で、ドングリはクマが徹底的に食べてしまったので困りました(苦笑)。それでも皆様のご協力で何とか集めてきて、プランターに植えるセレモニーは21年2月にやることができました。

 

小川 いまの1年生がこれから6年間かけて育て、森の循環を知り、最後にアロマオイルをつくって卒業記念に「森の贈り物」として渡すというものでした。

 

加藤 実はアロマオイルづくりは前倒しで、6年生の授業でやったんです。卒業の記念品はやっぱり地元でつくったものが良いだろうということです。グループごとに6年間の思い出を振り返るワークショップをした上で、思い出のアロマオイルを調合しました。

 

小川 なるほど。これから、さらに授業が進化していくといいですね。ありがとうございました。

 

メモ

 

 旧新治村は新潟県と県境を接し、江戸時代から江戸と越後を結ぶ三国街道の関所・宿場町として栄えてきた。2005年に月夜野町、水上町と合併し、みなかみ町として再出発した。新治小学校は08年、閉校した猿ヶ京小学校、須川小学校、新巻小学校の代わりに開校した。

 

 みなかみ町一帯は首都圏3000万人の水を供給する利根川の源流部で、三国連山・大峰山、雨見山などを含む「ユネスコエコパーク」(17年に登録)の一角にある。エコパークの正式名は「生物圏保存地域(BR:Biosphere Reserve)」。1970年にユネスコが採択したMAB計画(MAB:Man and the Biosphere)のプロジェクトの一つで、自然と人間の共生を目指す取り組みだ。SDGsにも積極的に取り組んでいるとして、2019年度には内閣府による「SDGs未来都市」に指定された。

(2021年8月 5日 16:19)
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