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10兆円大学ファンドという奇策

 

 日本の大学はどこへ向かうのか?――熊野正樹・神戸大教授に大学発ベンチャーの話を聞き、大学と技術革新(イノベーション)に関して、いろいろ考えてはみたけれど、この問いに答えるのはそう簡単ではない。国の高等教育や産業政策のあり方自体にかかわることだからである。

 

 最近の例だと、岸田政権が「大学ファンド」なるものを政権発足直後に発表した。世界トップレベルの研究をめざす一部の大学を支援するため、計10兆円を株式などで運用して、その利益を研究費として数校に配分する。

 

 その結果として期待されるイノベーションは、学術・経済の両面において国の浮沈に直結する可能性がある。しかし、ファンドの主な原資は財政投融資。つまり、運用リスクを承知の上で、国の借金で賄うというのだ。

 

 奇策にもみえる研究資金捻出策に踏み込んだ背景には、日本の大学の凋落ぶりがある。英国の教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」が発表した「2022年世界大学ランキング」によると、日本から200位以内に入ったのは東大(35位)と京大(61位)の2校のみ。両大学より上位には、中国の2大学(ともに16位)やシンガポール国立大学(21位)がある(表)。評価項目のうち、論文の引用数と国際性が低いことが下位に甘んじている理由だ。

 

 

ガラパゴス化する日本の大学

 

 科学技術・学術政策研究所の調査によると、日本の論文は本数・引用数とも相対的に年々低下している。04年の国立大学の独立法人化以降、政府は世界と戦えると見た研究に「競争的資金」として予算を重点配分してきたにもかかわらずである。

 

 その一方、大学の規模などで決まる「運営費交付金」を年々減らす均衡策も併せて始めた。社会保障費などが膨らみ続ける通常予算の枠内では、大学向け予算を増やしたくても増やせなかったからだ。

 

 その結果、予算が回ってこなくなった地方の大学を中心に、博士号課程に進む学生や留学生が減るなど、優秀な人材は大学に残らなくなった。質の高い論文は言わずもがなだ。大学発ベンチャー数も、熊野教授がいうように「東大の一人勝ち」で、地方の国立大学や私立大はついて行くのもままならない。

 

 そもそも、国が大学の研究予算を丸ごと面倒見る体制は、少なくとも米国の大学とは違う。もちろん、米国でも国立衛生研究所(NIH)など連邦予算のほか、科学振興のための各種財団など多様な研究費支援がある。それにしても、日本の国立大学が独法化する際、独自の基金を運用する米国の大学(4兆円以上のハーバード大、3兆円以上のエール大など)をモデルにしていただけに、自前の基金があまりにも貧弱なのは見逃せない点だ。

 

イノベーションを主導するのは国家か?

 


『人類とイノベーション』(マッド・リドレー著、ニューズピックス)

 

 そもそも、大学の研究開発費は誰が担うべきものなのか。国の税金を充てるのが当たり前という既成概念が根強いが、それは正しくて効果があるのか。『やわらかな遺伝子』『赤の女王』など科学に関するベストセラーがあるマッド・リドレーの最新刊に『人類とイノベーション』(ニューズピックス)がある。その中で、氏は「イノベーションを主導するのは国家か」という見出しで、日本を例示し、この仮説を真っ向から否定している。

 

 それによると、日本は1950年から90年まで、イノベーションに関する政府の指導によって経済的成功を収めたという言説がある。しかし、91年時の政府による研究開発への資金提供は全体の20%未満、科学教育への資金提供は50%未満に過ぎず、経済協力開発機構(OECD)諸国の平均(50%、85%)に遠く及ばないとする論文を紹介している。当時の高度経済成長を支えたのは国(株式会社ニッポン)ではなく、民間企業だったというのだ。

 

 熊野教授の指摘のように、現在の国立大学法人の多くが制度上、自前で研究資金を稼げないことが大学経営の障害になっている。黙っていてもそれなりの予算を割り与えられる代わりに、国の制度にがんじがらめになっているからだ。政府が今年示した「統合イノベーション戦略2021」でも、こうした日本の大学の弱点は指摘され、「大学ファンド」もあくまでも暫定的な措置であり、将来は各大学で自前の研究資金獲得を促している。

 

 ではどうするのか。国立大学の独法化から15年以上経った。そろそろ「国立大学法人」という護送船団方式には見切りをつけたらどうか。「国立」というくびきから解き放さない限り、日本の大学の相対的な地盤沈下は止まりそうもないからである。

(小川祐二朗)

(2021年12月15日 11:17)
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