2030 SDGsチャレンジ

スペシャリストに聞く

プラン練り 学生が会社 大学公認「起業部」

起業家育成の講義で、学生らのアイデアについて相談に乗る熊野正樹教授(右から2人目。9月28日、神戸市の神戸大産官学連携本部で)=八木良樹撮影

 

 

 

 国連が提唱する「持続可能な開発目標(SDGs)」は、技術革新や働きがいも目標に掲げるが、日本企業は今ひとつ元気がない。こうした中、大学が生み出す技術や人材を起点とした新興企業「大学発ベンチャー」の担い手を育てる部活動「起業部」が最近、続々と誕生している。起業部はなぜ注目されるのか。その生みの親、熊野正樹・神戸大教授(48)を取材した。

(2021年10月6日掲載)

 

Mission 支援が不可欠

 

 熊野さんは同志社大商学部卒。地元の地方銀行に入行したものの、仕事が面白くなかった。「むしろ、融資の相談に来た経営者たちの生き生きとした姿にあこがれた」

 

 もともと起業に関心があり、同大大学院の起業家養成コースに1999年、入学する。東証・マザーズが開設された年だ。担当教官は「起業するなら、新興企業の歴史を学ぶだけではだめ。経営者のカバン持ちでもした方がいい」と意外な提案をし、就業体験の場として教え子が経営するIT企業を紹介してくれた。熊野さんはその後、コンサルタント会社を起業するなどしながら博士課程へ進んだ。

 

 同大商学部では2010年から3年、講義もした。その際、廃部寸前だった同大の起業サークルの再建を頼まれ、顧問に就任。熊野さんは「サークルは学生の自主性が発揮されるが、素人なので、資金や支援体制が欠かせないことがわかった」と振り返る。

 

Action 社会課題の認識を

 

 こうした問題意識から、熊野さんは14年、大学公認の起業部を作った。准教授として赴任した熊本県の崇城大(旧・熊本工業大)で、日本初の試みだった。「学生がプロ野球選手を目指したとして、体育の授業だけでなれるわけがない。彼らが野球部で練習に励むように、起業したい学生は起業部で活動すべきだ」というのが、熊野さんが思い至った基本理念だ。

 

 起業家教育は国内の各大学で盛んになってきたが、「起業経験のない教官が教えていることが、大学発ベンチャーが生まれにくい原因」とみていた。地方には、学生のモデルとなる起業家がいないことも難題だった。

 

 「起業部の活動は、社会課題を認識するところから始まる」と熊野さん。部員はビジネスプランを練り、熊野さんの人脈で協力してくれる起業家たちが相談に乗る。部員は成果を確かめるため、学外のビジネスコンテストに参加。そこで名だたる大学を抑え、崇城大の起業部が賞を総なめにした。翌15年には、経済産業省のコンテストで、熊野さん自らが最優秀教員賞を受賞した。

 

 熊野さんは、大学や自治体などから専門家の招請費やコンテストへの遠征費といった資金を獲得するために奔走した。その実績が評価されて迎えられた九州大でも、17年に大学公認の起業部を設立。「学生時代に起業する意思のある学生」という厳しい条件を課したが、150人もの学生が入部することになる。

 


神戸大に「起業部」を来春設立するため、準備を進める熊野教授(9月28日)

 

Goal 他大学に広がる

 

 18年、九州大医学部4年の飯塚統(おさむ)さん(30)が第1号として「メドメイン」(本社・福岡市)を起業した。患者の病変組織を画像にし、遠距離の病理医も診断できるソフトウェアを開発・販売する。

 

 人工知能でがんを判定する機能も搭載している。飯塚さんは「実用レベルにあり、がんの8割をカバーできる」と胸を張る。同社は10億円以上の資金調達にも成功した。飯塚さんは「熊野先生には発表の仕方から会社の作り方まで学び、その人脈は今も役立っている」と語る。

 

 九大起業部からは、これまでに18社が起業。同部をモデルにした「起業部」も北海道大や京都大など10大学以上に誕生した。国内でも「寄らば大樹」ではなく、起業をめざす学生は確実に増えている。

 

編集後記

 

 熊野さんは20年、神戸大に教授として移籍し、来春の起業部設立に向けて準備を進める。今も九大起業部の顧問は続け、京都や富山でも若者の起業を支援している。「資金や支援体制といった起業環境は20年前より良くなったが、起業したい学生が今も困っているのが一緒にやる人材」と熊野さん。そのてこ入れが肝心だ。モデルナ、ビオンテック、ZOOM......。コロナ禍の今、聞いたこともなかった新興企業が世界を救いつつある。時代を革新する企業の誕生を、日本からも期待したい。(教育ネットワーク事務局 小川祐二朗)

 

 

 SDGs エスディージーズと読み、Sustainable Development Goalsという英語の頭文字からとった略称。「持続可能な開発目標」と訳されている。2015年の国連総会で採択され、貧困や飢餓、教育、男女の平等、働きがい、生産消費、生態系の保全など17項目の目標を掲げている。目標の下には、具体策や数値目標などを示した計169のターゲットがある。

 

ワード・ラボ 大学発ベンチャー

 

 

 経済産業省の「大学発ベンチャー実態等調査」によると、2020年10月時点での大学発ベンチャーの数は2905社で、19年度に確認された2566社よりも339社増えた。企業数、1年間の増加数はともに過去最高を記録した。大学別では、引き続き東京大が最も多い。一方、京都大、大阪大、筑波大などの伸びも目立ち、多くの大学が力を入れていることがうかがえるという。

(2021年12月15日 11:15)
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