自然の中 遊んで学ぶ 記者の目

木戸啓絵さん(本人提供)

 

園児にSDGsはわかるのか?

 

 群馬県みなかみ町の「赤谷の森」を舞台にした自然再生プロジェクトと学校教育について、2020年12月に新聞の「SDGs@スクール」で記事を書いた。取材をしたのは森にほど近い新治小学校。5年生の総合学習の時間で森をテーマに取り組んでいるという。

 

 「なぜ、5年生なのか」。加藤正一校長に質問すると、「子どもの発達段階として、5年生はある程度、ものごとを客観的に理解できる年齢だからです」という答えが返ってきた。確かにSDGsは大人でも難解な部分がある。17目標が相互に関係しており、時に複数の目標達成が互いに阻害し合う関係になることもあるので、加藤校長の答えに妙に納得したのを覚えている。

 

 それが「幼稚園でSDGsに熱心に取り組んでいるところがありますよ」という話を聞いたときは正直、「まさか無理でしょ」と思った。教えてくれたのは、SDGs関連のセミナーで知り合った岐阜聖徳学園短大の木戸啓絵・専任講師(幼児教育学)。木戸さんは森の幼稚園と持続可能な社会の関係を研究していて、その二つが私の中ではうまく結びつかない。まさに虚をつかれる思いだった。

 


『「ようちえん」はじめました!お母さんたちがつくった「花の森こども園」の物語』(新評論)

 

 木戸さんは取材候補として、いくつかの森の幼稚園を紹介してくれた。そのうちのひとつが、記事で紹介した「花の森こども園」(埼玉県秩父市)。園長の葭田昭子さんの著書『「ようちえん」はじめました! お母さんたちがつくった「花の森こども園」の物語』(新評論)も勧めてくれた。

 

 この本を読んでみると、自分たちが思い描く園を苦闘しながらも前向きに作り上げていく葭田さんたちの姿と、童話さながらの世界を思わせる園児たちの日々がのびやかに描かれていた。そこには、自然界のいろんな命とつながって私たち人類が生きていること、それを「知識」としてではなく「体験」として、他の生き物たちに共感しながら日々の生活で積み上げていくことが幼児教育としては大切だと、書かれている。

 

 レイチェル・カーソンが『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)で描いた、自然の神秘さや不思議さに目を見張る子ども特有の感性を大切に育てていこうという考えに似ている。この本はカーソンが1964年に56歳で亡くなった後、出版されたベストセラーだ。

 

 葭田さんたちの教育理念の背景には、自然とのつながりを忘れて暴走し、自然環境を破壊してきた私たちの過去への猛省があることもわかった。時にユーモラスに、時に凛とした筆致で描かれた園のなりたちは、読み手の人間観や自然観が試される。環境問題を長く追いかけてきた記者としては、共感するところが多い本で、実際に園を取材して、その思いをなおさら強くした。

 

本場ドイツの事情

 

 それにしても、なぜ森なのだろう。森の幼稚園の存在を教えてくれた木戸さんは大学院時代、1年半ずつ2度にわたり、ドイツに留学している。知識偏重ではない幼児教育のあり方を探るのが目的だった。

 

 修士課程時代の2007~8年は日本でも良く知られている「シュタイナー幼稚園」について学んだ。帰国した時、日本国内で開園が相次いでいた「森の幼稚園」の本場がドイツであることを知り、博士課程時代の11年に改めてドイツに留学。森の幼稚園の保育者資格を取るなどしながら、その機能と役割について研究した。

 


森の中で夏祭りを開催している様子(森の幼稚園の写真はすべて、北ドイツ・プレーツ市の自然幼稚園「Naturkindergarten. Die Wühlmäuse e.V.」代表ヴィル氏「Frau Irmela Will」より提供。掲載については、子どもたちの保護者からも許可を得ている。以下同)

 

 その研究については木戸さんのレポートなどに譲るが、木戸さんによると、ドイツの森の幼稚園が日本と違うのは園舎がないところが多く、基本は1日中、森の中で遊ぶことだ。倉庫代わりのトレーラーハウスが1台あり、そこに着替えのほか、クレヨンやのこぎり、ロープなどの遊び道具(!)を置いているのが典型的な園の風景。大雨や強風など悪天候の際の避難場所としては使うが、トレーラーハウス内で子どもたちがすごすことはあまりなく、「マイナス20度といった極端に気温が下がった日などはお休みになります」と木戸さんは語る。

 


火おこしをする少女

 

 ドイツの森の幼稚園は1960年代後半に始まり、関連団体によると約2000園ほど存在しているという。日本で「森のようちえん全国ネットワーク連盟」に加盟する園が247団体(21年5月現在)であるのに比べると、普及度は桁違いだ。

 

 ドイツではなぜ、森の幼稚園がそこまで受け入れられているのか。

 

 「自然を愛するドイツ人の国民性がまずあり、法律に基づいて森に入り森を楽しむ権利が認められています。どんな規模の町にも散歩やピクニックなどに気軽に行ける森が必ずあることが大きい。日本で森というと、いきなり山ですから......子どもたちは安全には遊べませんし、湿度が高くて雑草も生い茂っています。その点、ドイツの森は林務官によって整備されていてアクセスしやすい環境となっています」。木戸さんはこう説明した。

 


雪の斜面でソリ滑りをする子どもたち(左)。海辺で夢中になって穴を掘る少年(右)

 

 ドイツでは若者が川で泳いだり、図書館ではなく原っぱで読書をしたりする様子を見て、木戸さんは日本人よりも自然との距離が近いドイツ人の国民性を実感したという。それに加えて、ドイツでは日本のように国の学習指導要領に基づく画一的な幼児教育だけではなく、多様性に富んだ教育手法が好まれ、親のニーズも高いことも大きいのだそうだ。

 

持続可能な大人になりうるか?

 

 それでも、森の幼稚園は持続可能な社会の担い手を果たして、育成できるのか。その疑問は残る。

 

 日本も最近まで、少なくとも地方の人々は途上国の人々と同じように、自然に接した生活をしていた。だからと言って、自然に配慮して暮らす人ばかりではなかった。むしろ、食べることに必死で、無頓着だった。

 

 たとえば江戸時代から第2次大戦まで日本の山は乱伐が続き、はげ山ばかりだった。明治期、輸出用の羽毛を採取するためにアホウドリはいいように殺され、絶滅寸前までいった。大正から昭和にかけて良質の毛皮を取るために採取されたカワウソは絶滅した。「公害列島」と言われた昭和の高度経済成長期も、川や海はゴミ捨て場だった。そして、水俣病やイタイイタイ病などを生んだ。

 


関係者の尽力で絶滅の危機から脱しつつあるアホウドリ(鳥島近海で小川撮影)

 

 こうした例には事欠かないから、自然に接したから自然に優しくなれるとは到底言えない。筆者としては、持続可能な社会の担い手を森の幼稚園が育成する証拠を知りたかったが、この分野における実証研究は海外でもまだ少なく、これからの課題なのだろう。

 

 こうした事情を木戸さんは認めたうえで、「森の幼稚園だからといって、持続可能な社会に寄与する人材が育つとは言えない」と、率直に語る。看板は同じでも、保育内容は千差万別だからだ。ドイツでの研究や国内の森の幼稚園の調査などから、担い手育成に寄与するかどうかは、次の三つの点で変わると考えているという。

 

 一つ目は「園児が自然の中にいるだけではなく、人間も自然の一部であることを感じながら日々の生活を送ることができているかどうか」。つまり、イベントや非日常体験のような自然体験だけでは、そういう園児は育たないというのだ。

 

 二つ目は、園児が自分たちの生活を「自分ごと」として作っていくこと。別の表現をするなら、自然を含めた「他者」と対話しながら、日々の生活を作っていくことが欠かせないという。ただし、その行動を最終的に決めるのは自然であること。「たとえ川に行きたくとも、大雨で洪水だったら行けませんから」と、木戸さんは補足した。

 

 三つ目は、園が「育ち合う」共同体としての場であること。つまり、園児が育つ場としてだけではなく、保護者が親として育ち、保育者も教育者として育ち、地域社会が持続可能な社会として育つということをめざしている。木戸さんは「こうした自然に根ざしたライフサイクルが地域に開かれていることで、持続可能な社会はできていく」と語る。

 

 人間の生活も経済活動も、地球の生態系の中で行っている。それを無視した結果が気候変動や6回目の大量絶滅といったいまの状況を生み出している。こうした論点は筆者の実感とも合っているが、森の幼稚園の卒園者が将来、その担い手になりうるかどうかは調べないとわからない。だから、より深堀りした研究を期待して、もう少し見守って行こうと思う。

 

 レイチェル・カーソンは『センス・オブ・ワンダー』にこう書き残している。

 

 「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直観力をにぶらせ、あるいはまったく失ってしまいます」。カーソンは、それに必要なものが「センス・オブ・ワンダー」で、それを新鮮にもち続けるには、もうひとつ必要なものがあるとして以下のように続ける。

 

 「わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります」。カーソンはまさに森の幼稚園のことを言っているのだ。

(小川祐二朗)

(2021年10月18日 11:06)
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