なくせ!海洋プラごみ 記者の目
潮を吹くマッコウクジラ。その先に観えるのが羅臼の街並み(小川祐二朗撮影)
人のそばに息づく巨大生物
体長16メートル、体重45トンにもなるマッコウクジラを観に、夏の北海道へ行ったことがある。知床半島と北方領土である国後島に挟まれた根室海峡だ。黒光りする巨体が潮を吹く様子を、観光船から高確率で目の当たりにできる。
マッコウだけではない。シャチやイシイルカなども群れで訪れる、鯨類の銀座のような「豊饒の海」だ。
その海域からは知床半島・羅臼の街の家々も肉眼で観える。逆に言うと、羅臼では陸地からもクジラやイルカを観察できる。実際、この街には「くじらの見える丘公園」という公園があるくらいだ。
こんな場所は世界でも珍しいそうだが、人間の暮らしのすぐそばに、かくも巨大な生物が息づいていることに、たとえようのない不思議な感覚を覚える。
その海に、大量のプラスチックごみが陸地から流れ込むようになって久しい。米ジョージア大学の研究者などによる推計によると、その量は世界で年間800万トン。仮に乗用車が1.5トンとすると、毎日1万5000台分のプラスチックごみが海に流入している計算になる。海洋プラスチック問題は広く知られるところになり、読売新聞の記事「SDGs@スクール」で紹介した高校生による海洋プラスチックの課題解決プロジェクトも、同じ問題意識からテーマ設定された。
豊かさと引き換えたもの
幅3メートルにもなる尾びれを使い、深海への潜水を始めるマッコウクジラ(同上)
プラスチックが石油から大量につくられ、世界中で使われだしたのは20世紀半ばから。最近はプラスチックが細かい粒子になった「マイクロプラスチック」が注目されているが、マイクロプラスチックによって人間や他の生物の健康にどう影響が及ぶのかは、実はまだよくわかっていない。明らかなのは、海に漂うレジ袋や漁網などのプラごみを、クジラなどの海棲哺乳類やウミガメ、鳥類などが誤飲したり、からまったりして、死に追いやられていることだ。
石油や石炭を燃やすことによって、私たち人類は確かに便利で豊かな現代文明を築き上げた。しかし、これらの化石燃料が私たちの子や孫を苦しめるであろう気候変動の原因であることも明らかになった。分解しないプラスチックごみも、根は同じことだ。これらは氷山の一角で、私たちは多くの生物を絶滅させ、核実験由来の物質をはじめとした各種人工物質で地球を覆い、地質の性質そのものを改変している。
私たちは愚かなのか?
シャチの家族(同上)
こうした人類による地球環境の激変ぶりを示すため、現在の地質年代を「人新世」という名前に変更すべきだと世に問うたのが、パウル・クルッツェン博士。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したオランダの科学者だ。ご存じの通り、オゾンホールの原因も、冷蔵庫の冷媒や発泡スチロールなどのために人類が使ったフロンやハロンなどの化学物質。博士らの知見によって、オゾンホールによる生命全般にわたる危機は今のところからくも回避できているが、いつまで続くかは確証がない。
それでは、「賢い人間」と名乗る私たち「ホモ・サピエンス」というサルはどういう性質・行動パターンを持ち、どこまで愚かで、どれくらい英知があるのだろうか――。SDGs(持続可能な開発目標)は煎じ詰めれば、私たちはどんな動物なのかを自問するための道具でもあるのだろう。ならば、SDGsの実践や教育は、地球上で蛮勇を振るい続けるホモ・サピエンスのたどってきた過去を確認し、現在を吟味し、その未来を洞察することにほかならない。
左から『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ、河出書房新社)、『ホモ・デウス』(同)、『21Lessons』(同)
しかし、国内のSDGsに関する教育現場を取材していて、こうした観点が抜け落ちているようで仕方がない。この点にもし同感していただけるのなら、ベストセラーになった『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ、河出書房新社)に加え、同じ著者による『ホモ・デウス』(同)、『21Lessons』(同)あたりも、ひも解くことを是非お勧めしたい。
(小川祐二朗)