チョコで知る世界の課題 担当者に聞く
保積先生(本人提供)
■家庭科はSDGsに結びつく
東京女子学院高校教諭 保積栄理さん
(2021年3月30日取材)
「食」の向こう側にある世界
小川祐二朗 担当されているフードカルチャーコースは普通科でありながら、料理や栄養学など「食」に関する授業に厚みを持たせたユニークなコースです。なぜ、「食」なんでしょう。
保積栄理 カッコつけないで言うと、生徒募集の点で特色のあるコースを前面に打ち出し、たくさんの生徒に来てほしいからです。ではなぜ、「食」かというと、本校の理念として「グローバル教育」があります。留学をめざす別のコースもありますが、そうでなくても、グローバルな視点を育てないといけないいう考えが学校全体であります。「食」は世界共通で、誰もが大切にしていかなければいけない人生の基盤。「食」と、その背景にあるものを学ぶことで、自分の生活をより良くしていく。加えて、いろんな国の食文化や食事情を学ぶことで、幅広い視野を育んでいきたいと考えています。
グローバル教育というと、確かに留学がいちばんわかりやすいかもしれませんが、お金もかかるし、勇気もいる。本校はクラブ活動をがんばっている生徒も多く、留学となると、なにかを犠牲にしなくてはいけません。家庭学科と福祉学科のある都立高校が今春、開校すると聞いています。食、保育、介護といった社会問題となっていて、担い手が少ない人材を育成するようです。こうした問題もそうですが、家庭科で学ぶこととSDGsはけっこう結びついています。
進路指導でも、中学3年生の時に将来は介護士になるのか、保育士なのか、栄養士なのか、決めるのは難しい。しかし、「食」であれば、その専門家にたとえならなくても、損にはならないし、知っておいたことがいいことがたくさんありますしね。
小川 家庭科の先生がSDGsにかかわる授業をされているとは、先入観があって、ちょっと意外でした。先生はなぜ、SDGs関連の授業をやろうと?
保積 私自身の出身校であり、教鞭もとった横浜のミッションスクールでの体験が大きいのかも知れません。ボランティアをするのが当たり前だったんです。教師時代も、日雇い労働者への炊き出しやカンボジアに生徒に連れて行ったりしてましたから。本校でも、校長がSDGsを知るカードゲームのファシリテーター(指導役)の資格を取っていまして、学校としてやろうということです。
プロの姿勢を学ぶ
ココナッツ汁のにおいをかぐ生徒たち(2021年2月3日、東京都練馬区の東京女子学院高校で)=秋山哲也撮影
小川 地元農家の方に野菜の栽培方法を教えてもらったり、お茶屋さんにブレンドティーの作り方を教えてもらったり、今回のように明治など企業の方にチョコレートの作り方や生産地の課題を聞いたり、その道の専門家を貪欲に教室に招いてらっしゃいますね。SDGsに関心があっても、専門家の方を招くのは大変と考えてらっしゃる先生も多いと聞きます。どうやってらっしゃるのでしょう。
保積 私も家庭科の授業だけだったら、難しいなと考えていたと思います。しかし、ここはコースとして特色をどんどん打ち出していこうということでした。たとえば、最初は私たち家庭科の教師が(本格的な)調理を教えてよいものだろうかと考え、調理学校の先生を招きました。そうすると、専門家の姿勢に刺激は受けるし、技術は向上しますし、視野も広がることがわかりました。それなら、どんどん外部の方を招き入れようとなったわけです。
お米でもお味噌でも、私たち教員から学ぶより、その仕事が大好きで熱意を持ってらっしゃる方から学ぶ方が生徒には伝わります。それに調べてみると出張講義をしたい人はたくさんいらっしゃることも分かりました。社会科もそうだと思いますが、世の中の情勢はどんどん変わっていきますから、教える内容もどんどん変わっていきますし。
私たち教員は教えることが仕事ですが、生徒と社会をつなげる役割があっていい。大学との連携もやっているんですが、生徒たちは学校の外に出ると、大学生はこんな感じなんだとか、社会人はこうなんだなとイメージを持てます。それが進路に影響しますし、将来像を描きやすくなるのではないでしょうか。
保積さん(本人提供)
買い物は商品や企業に一票を投じること
小川 前回の明治とimperfectの授業は、その後、どうなりましたか。
保積 あの授業の後、生徒からアンケートをとったのですが、生徒たちはさまざまに行動変容を見せていました。たとえば、家に帰ってチョコレートの食べ比べを家族とした生徒や、「買い物は商品や企業に一票を投じることと同じ」と書いてきた生徒もいました。ラップをやめタッパーを使うようになったという生徒、ペットボトルをやめて水筒にした生徒、「ゴミ拾いをするようになった」と記した生徒もいました。家族や周りの人と意見交換をし、自分の時間を使って行動したことは良かったと思います。SDGs達成に向けた課題解決のためには、「知る」から「自分ごとにする」へ。そしてさらに「行動する」ということが欠かせなません。
小川 私がかかわった高校生たち主催の「海洋プラスチック問題解決プログラム」では参加した高校生が自分たちが考えたアイデアを社会実装するため、たくさんの企業と高校生が直接交渉し、協業の形まで持っていくチームがたくさんありました。フードカルチャーコースの場合は、先生たちが外部の企業などと事前に交渉するわけですよね。
保積 今のところはそうですが、理想としては生徒が自分たちだけで行動できればいいと思います。私もまだここは1年目で、様子見というところもあって。生徒たちも発想が広がりにくいところがあります。でも、今年の取り組みを下の学年の生徒たちは観ていますし、同じ取り組みでもいいし、新しいことでもいい。どんどんやっていきたいと考えています。
小川 コロナ禍で大変だったと思いますが、どうですか。
保積 コロナでなければ、思いつかなかったことがやれました。秋田の高校生とオンラインでキリタンポやマカロンの作り方を教えてもらったり、教えてあげたり。調理実習などを縮小しなければならなかった代わりに、大きな可能性を見つけました。今後は海外の食文化や食生活について海外と交流ができればいいですね。
小川 今後はどんなことをしようと考えていますか。
保積 次年度の新高校3年生は、このコースの1期生なんですけど、卒論に取り組ませたいと考えているんです。連携している女子栄養大学で卒論に取り組んでらっしゃる大学生に来てもらって、お互いの研究テーマの情報交換をして、たぶんこちらが教わることが多いと思うんですけど、「こういう視点で調べてみたら」などとアドバイスし合えば、お互い刺激になるのではと思うのです。
小川 大学生も教えることで学ぶこともあるでしょうしね。コロナ禍が収束したら、どうしたいですか。
保積 実現しそうなのは、お茶屋さんとのコラボで、女子高校生が作ったブレンドティーの商品化があります。リラックスする効能とか、美容にいいとか、テーマを決めて・・・。パッケージデザインも生徒たちが考えるという野望(笑)があるんです。
小川 夢は広がりますね。期待しております。
メモ
文部科学省が家庭科について2018年に告示した学習指導要領の改訂では、少子高齢化などの社会変化や持続可能な社会の構築、食育の推進、男女共同参画社会の推進、生活を主体的に営むために必要な理解と技能を身に付けることを目標に挙げた。そのうえで、課題を解決する力を養い、生活を主体的に創造しようとする実践的な態度を養うことで、家庭や地域の生活を創造する資質・能力を育成するとしている。