《第70回》文部科学大臣賞作品紹介(3)

 第70回全国小・中学校作文コンクールの中央審査で各賞が決定しました。文部科学大臣賞3点を要約して紹介します。作品の全文は、要約の下の「全文を読む」をクリックしてご覧いただけます。(敬称略)


 

<中学校>

「かけがえない命をそっと ~名前がつなぐもの~」

宮城県仙台二華中2年 太齋純香(ださい・すみか)

 6月中旬。私は、祖父の生家のある宮城県白石市の越河(こすごう)へと向かっていました。少し不安で、怖いけれど。この木々のトンネルを抜けた先に、「私」を見つけにいくために。

 「ださい」。私はこの苗字(みょうじ)に、嫌な思いを抱えてきました。小さい頃は名前を聞かれた時、「純香」とだけこたえていたことを覚えています。苗字が恥ずかしかったからです。自分の名前に自信を持つことができなかったのです。

 名前はラベルになる。どこまでも貼り付いてくる。一方で名前なんて重要じゃない、自分は自分だ、と思いたい。二つの考えは、いつも私の中でせめぎ合ってきました。

 祖父が住んでいた家の前に「太齋館(たて)」という館跡があるらしいと知ったのは、私が自分の名前と真剣に向き合いたい、と思い始めた頃でした。館があった山を見てみたいという好奇心から、私は越河へ向かうことを決意しました。

 道路端に「片倉小十郎」と書かれた旗がありました。小十郎は戦国武将・伊達政宗の重臣で、その一帯をまとめていました。片倉家は代々、小十郎を襲名したそうです。先代の名誉や精神を受け継ぎ、気持ちを新たにするという願いからです。名前は人と人との絆の役割も果たしていたのです。そして、太齋という武将が片倉家に仕えていたと、祖父が教えてくれました。

 館を守っていたその武将の子孫が越河に住むようになったのではないか。祖父が昔、文化財保護委員長をしていた片倉小十郎の十五代目から、そう教わったそうです。

 祖父が小中学生の頃は、戦争の真っただ中でした。みんなが生きるのに精いっぱいだったそうです。

 「小さい頃を思い出すよ、必死に畑仕事をしていた時に見えていた山とか」

 祖父はじっと館のあった山の方を見上げていました。

 苗字には先祖の確かな存在を、まだ見ぬ子孫へとつなげていく役割もあるのではないか。下には親の願いのこもった名前がある。私はいつの間にか、自分の名前をいとおしく思い、名前に自信が持てるようになっていました。

 それは、先祖の歴史を知り、命をつないでくれた地を訪れ、その風を肌で感じることができたからです。彼らと血がつながって、今ここに生きている。それを苗字が証明しているということが、とてもすてきに思えたからです。

 名前は他者との関係の間に成り立つのだと思います。名前を呼んでくれる、いとおしんでくれる家族や友達がいるからこそ、私は私でいられるのだと思います。いつも笑顔で声を掛けてくれる友達にもまた、名前があるのです。

 名前は、相手を認識する初めの情報です。その人や、その人を大切に思う人々を理解するための鍵でもあります。これまで避けてきた、名前についての話題。今は、それを話してみることで、周りの人のことをもっと好きになれるような気がしています。自分のことも、きっと好きになれると信じています。

 私は、自分の名前に自信をもって、これからの人生を歩んでいきたいと思います。

 私の名前は太齋純香です。あなたの名前は何ですか?(指導・畠山大輔教諭)

 

 

◆謎解きの旅 心の変化表現

【講評】作品は、祖父の生家のある町に向かう旅の場面から始まります。この旅は、太齋さんの長年の葛藤の種であった「太齋(ダサイ)」という名前の謎解きの旅でした。まず、太齋さんの巧みな情景描写に引き込まれます。更に、太齋さんの心の変化が実に鮮やかに表現されていることも、この作品の魅力を高めています。(新藤久典)

(2020年12月14日 16:00)
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