真空の宇宙で強い放射線にさらされても死なない微小動物、クマムシ。このクマムシを使い「生命」について考える出前授業が5月26日、宮城県仙台第二高校で行われた。講師は、慶應義塾大学先端生命科学研究所(山形県鶴岡市)の荒川和晴・特任准教授(35)で、同高の生徒ら約50人が授業を受けた。
電子レンジでチン それでも死なない「!」
750ワットで1分間、チン。仙台二高・生物実験室に持ち込まれた電子レンジに生徒たちの視線が集まった。加熱しているのは、荒川さんが研究用に飼育しているクマムシだ。
クマムシは土や水、コケに住み、体長は0.3ミリ前後。体内の水分を極限まで減らして「乾眠」という仮死状態になると、超高温や超低温、高圧にも耐えられるようになる。さらに、乾眠状態で吸水すると、短時間で生命活動を再開する。「地上最強」と言われるゆえんだ。
今回の加熱実験も、電子レンジの強いマイクロ波を照射して、乾眠状態のクマムシが、蘇生するかを確認するのが目的だ。
レンジから出したクマムシを水に浸して30分。「もぞもぞして動いているよ」「死んでいない!」。顕微鏡をのぞいた生徒たちから驚きの声があがった。
とてもレアなニホントゲクマムシ(荒川さん提供)。仙台二高の校庭のコケからも見つかった。 |
校庭のコケを探せ クマムシ採取に挑戦
生徒たちはクマムシ採取にも挑戦した。
校舎の外に出た荒川さんが指さしたのは、セメント壁などのふちに生えている緑色のコケだ。
「緑色のコケには他の微小動物がいて、クマムシは餌の取り合いで負けてしまう。もっと過酷な環境にいる」。
ヒントを得た生徒たちは、さっそく茶色く乾燥したコケを探しはじめた。
実験室に戻った生徒たちは、採取したコケに水を加え、顕微鏡で観察した。砂や土など不純物が混じり特定は容易ではない。
小さな白い点を見つけては、「これ、クマムシでしょうか」と確認するが、空振りが続く。それでも3種類のクマムシが見つかり、1種類について荒川さんが「これはニホントゲクマムシ。かなりレアだ」と解説すると、生徒の顔に笑顔がはじけた。
生徒たちとコケ採取のフィールドワークを行う荒川さん。 |
第三の生命状態 乾眠を進化から説明
講義で荒川さんは「なぜ乾眠という能力を獲得したと思うか」と問いかけた。
クマムシが出現したのは生物が一気に多様化したカンブリア爆発期よりも前のエディアカラ紀に遡るとされている。5億年に及ぶ進化の過程を説明したうえで、「クマムシは他の生物との競争に勝てなかった。より過酷な環境へと逃げ、耐える力を身につけた。それが乾眠です」と荒川さんは説明した。
生でも死でもない「第三の生命状態」を分子レベルで研究し、生命の定義を探っている荒川さん。生徒たちには「生命とはどのような状態なのかを考えるきっかけにしてほしい」と話した。
さらに、「飼育・培養ありき」の生物学研究が様変わりしつつあることも紹介。「DNA解析の速度が格段に飛躍したことで、飼育が難しい生物もコンピューターで解析・研究することが可能になってきている。興味があれば、臆することなく飛び込もう」と熱く語りかけた。
出前授業には、仙台第一高校と宮城第一高校の2校も参加した。
■参加した生徒の声
放課後に始まった授業は2時間半にも及び、終わったのは午後6時半。その後も荒川さんの回りには生徒の輪ができ、クマムシの生態や生命への質問が続いた。参加者の声を紹介する。
仙台二高3年
「クマムシのような小さな生命の研究が、火星への有人探査や惑星間移動などの宇宙開発につながることを学べた。進路にも生かせる素晴らしい経験ができました」
仙台二高1年
「顕微鏡の中の世界は、考えていた以上に不思議であふれていた。目で見えるものだけでなく、視点を変えると見えるものに関心を持っていきたいです」
仙台二高1年
「採取したコケの中に、クマムシの餌となる微生物ワムシがいた。このワムシの餌になる、さらに小さい生物もいるのだと思うと、もっと調べたくなった」
若林春日・仙台二高教諭
「大学の生物学でも教えることのできない「生きているとは何か」という根源的なテーマを考えさせてくれた。生命を数学的に表現・解明しようという荒川さんの研究は、生徒たちにとって新鮮だったのではないか」
荒川和晴特任准教授
「面白いと思える生命を観察するのが生物学の醍醐味。若い人たちには、現存する枠組にとらわれず自由に、そして本気で探求してほしいと思います」
<慶應義塾大学先端生命科学研究所の出前授業について詳しくはこちら>
■慶應義塾大学・先端生命科学研究所「生命とは何か ―クマムシ乾眠からのアプローチ」>>