[11]三ツ沢グラウンドにて
いつも進路室で仕事に追われているが、夕方、会議も来客予定もないときには、急いでトレーニングウェアに着替える。
「ちょっとだけグラウンドに行ってきます。何かあったらすぐ戻ってきます」
そう言うと、進路室の先生方は「行ってらっしゃい」「今日も走るの? がんばってね」と明るく送り出してくれる。
わずか10分でも20分でも、陸上部員と一緒に走ったり、トレーニングをしたりする。母の介護があるため、17時を過ぎたらなるべく早くに退勤しなければいけない。時間に限りがあるからこそ、グラウンドに行けるひとときは、より貴重に思える。
卒業するときに、ある部員が色紙に書いてくれた。
「ちばさとが一緒に走ってくれたのが嬉しかった。ちょっとだけ走って終わり、かと思っていたら、夏休みには平気で10キロ以上走ってましたよね。合宿でもいつも走ってましたよね。元気をもらいました」
俺は、専門的なことは何一つ教えられない第三顧問だ。でも、こうして部員たちとつながっている。
魂を見せつけながら走りたし埃まみれのトラックの中
石川美南『砂の降る教室』
5月の連休中、陸上部の地区大会が行なわれる。3年生にとっては、インターハイにつながる最後の大会だ。急いで母をデイサービスに送り出し、学校の仕事を片づけて、三ツ沢グラウンドへ向かった。母が帰宅するまでには家に戻らないといけない。ほんのわずかでも、桜丘陸上部を応援したかったのだ。
陸上の大会は、フェスティバル。それぞれの学校のテントが色鮮やかで、声援がにぎやかに飛び交い、どの種目も大いに盛り上がる。
俺はまず、桜丘高校のテントへ行く。部員たちは「あ、来てくれたんですね」と明るく挨拶してくれる。だが、大会のときの顔は、いつもとは少し違う。
このテントの中には、自己ベストが出てホッとしている子もいれば、不本意な結果に終わった子もいるのだ。俺も明るく「お疲れさん」と返すが、すぐに上級生をつかまえて、調子の悪いやつはいないか、と聞く。
こんなに明るくてお祭りみたいなのに、部員たち一人ひとりには真剣勝負の場なのだ。それぞれに大きなものを背負って、気張って、緊張して、それでも前を向いている。俺もチームの一員として、気楽に「がんばれー」とはしゃいでいる訳にはいかない。
うちのチーム監督のコバヤシ先生も、ヤノ先生も、そういう部員たちの苦しさと向き合いながらこの場にいるのだ。
ちょっとしかいられなくて、ごめん。部員たちに謝ったりする。どんなに調子が悪い子も、不安をかかえている子も、俺に明るい返事をしてくれる。俺はグラウンドをあとにする。
大会に来るたびに思う。部員たちは真剣に生きている。彼らとちょっと一緒に走ったくらいで満足していちゃだめだ。俺も、もっとひたむきに、仕事や執筆を頑張らないといけない。
大会は、文字通り大きな場だ。俺にとっても、大きな学びの場なのだ。
グラウンドを駆けゆく背中まっすぐに天空を挿すオールであれよ
千葉聡『今日の放課後、短歌部へ!』
千葉 聡 @CHIBASATO
1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『飛び跳ねる教室』『短歌は最強アイテム』。3月に発売されたショートショート集『90秒の別世界』、ぜひご一読ください。
桜丘高校陸上部、県大会に向けて全員で頑張っています。応援よろしくお願いします。
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