[2]赤本が新しくなる季節に
どの学校も同じようなものだろうが、桜丘高校の進路室にも赤本がある。壁一面、『〇〇大学』と印字された背表紙が並んでいて、なかなか壮観だ。
愛されて古びてしまう 受験者数一位の明治の赤本ならば
千葉 聡
赤本も、受験参考書も、一日だけ貸し出している。夏の終わりから、赤本を見るために進路室に来る3年生が増える。今まで授業で接点がなかった子も多い。
「今なら無料で貸し出し中」
俺がふざけると、生徒たちは大真面目に「じゃ、卒業したら有料になるの?」と言ったり、笑ったり。こんなふうに話ができると、俺自身の疲れも吹っ飛ぶし、何かあったときにすぐに相談してくれる子が増えたりもする。
秋が深まると、最新版の赤本が届く。古い赤本は自習室の書棚に並べることになる。1年3組の働き者の掃除当番さんたちが、にぎやかにおしゃべりしながら手伝ってくれた。
「あ、この大学、聞いたことあるよ」
どこで聞いたの、と聞くと、女子3人組は言った。
「お正月に聞くよね」
「そう、箱根駅伝だよね。来年も応援するんだ」
それから、どこの大学のどの選手がイケメンで、と盛り上がる。(大学関係のみなさん、箱根駅伝は、宣伝効果がかなり期待できますよ!)
ときどき、赤本の棚を整理する。今日は、ある大学の赤本に小さなメモが挟んであった。
「これを見つけてくれた未来の人へ。未来はどうなっていますか?」
名前は書いてない。まるで映画『君の名は。』や『時をかける少女』のように、時空を超える友情が成立するはずだったのに。
俺なんかが見つけてしまって、ごめんなさい。
冷蔵庫奥のちいさなジャムの壜みたいに秘めた約束だった
千原こはぎ『ちるとしふと』
千葉 聡 @CHIBASATO
1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。著書に『飛び跳ねる教室』『短歌は最強アイテム』など。
陸上部の副顧問。寒くなってきましたが、陸上部員たちと一緒に走っています。
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