進路室は海[8]その後の日々に

[8]その後の日々に

 

 卒業式を終え、国公立大の入試が一段落つくと、急に暇になる。今まで毎朝、「小論文を見てください」と生徒たちが押し寄せていたのに、もう誰も来てくれない。進路指導室の赤本を借りに来る子もいない。だが、「遅れてすみません」と返却に来る子は多く、書棚には赤本があふれている。

 もちろん、通常の仕事は続く。1、2年生の学年末試験があるし、どの先生が異動する、という話題で心が騒いだりもする。それなりに忙しい。でも、せっかくいろいろな話ができるようになった3年生がいなくなったことは大きい。声を大にして言いたい。だって、みなさん、本当に急に全員がいなくなっちゃうんですよ! 生きていく上で、こんなに大きな変化が、他にありますか?

 進路報告や、来年度の『進路の手引き』に載せる合格体験記を提出するために、たまに3年生(いや、正確にはもう「卒業生」である)の誰かが来校してくれると、仕事の手をとめて「よく来てくれた」「飴があるよ」「チョコレートもあるよ」と熱烈歓迎してしまう。

 

 

さみしくて振り返れないその日から風の色さえ僕には強い

古谷空色

 

 

 通常業務も会議も終わらせると、また暇になる。国語教師ちばさとは、図書館に行く。桜丘高校の図書館は、校舎から離れて建っている。閲覧室は広く、小さな森や弓道場も見渡せる。

 来年度の授業のために、読まなければいけない本がある。だが、つい文学コーナーをうろうろし、面白そうな小説を手にしてしまう。久保寺健彦の『青少年のための小説入門』は面白かった。ヤンキーの登と、真面目少年の一真。二人がコンビになり小説家をめざす物語。引き込まれて一気に読んだが、途中から「この一真って、なんだか〇〇に似てるなぁ」(この「〇〇」にはいろいろな卒業生の名前が入ります)と思うようになり、読後、泣いてしまった。

「よし、立ち直るぞ! 明るい俺に戻るぞ!」と思って、幸田文の『おとうと』を読み返した。すると、主人公げんの弟が、健気で、いとおしくて、途中から「この弟って、なんだか〇〇に......」(先ほどと同じことに......)。
 こうなったら、とにかく仕事! 仕事だ! 俺は、進路室の掃除を始めた。悲しくて、ちょっと変な春である。

 

 

一冊を選べば『トニオ・クレエゲル』青春の碑はまだ書架にあり

田村元『北二十二条西七丁目』

 

千葉 聡 @CHIBASATO

 1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『飛び跳ねる教室』『短歌は最強アイテム』など。

3月15日、『90秒の別世界 短歌のとなりの物語』(立東舎)発売! ちばさと初の小説集。90秒くらいで読めるショートショート100編と、刺激的な現代短歌を組み合わせました。よろしくお願いします。

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(2019年3月12日 16:20)
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