[10]お守りのペン
3月最後の木曜日、陸上部のお別れ会。朝、正門前に集まり、学校の近くの保土ヶ谷公園で鬼ごっこ(進路室に急な来客があり、ちばさとは不参加になってしまったが。泣)。そのあと、体育棟の保健教室でお別れセレモニー(陸上部3年生、一人ひとりからのスピーチ。花束贈呈)。中庭で記念写真撮影。体育館前の桜は、ちょうどいいくらいに花びらを散らしてくれる。
だが、これで終わりではない。本当に楽しいのは、このあとのランチだ。みんなで横浜駅に出て、しゃぶしゃぶ食べ放題の店へ行くのだ。
緑なるものを食いたり そのあとは赤なるものを急いで食いぬ
高瀬一誌『火ダルマ』
しゃぶしゃぶはもちろん、カレーやパスタやサラダ、デザートにはパフェもある。テーブルはたちまちカラフルに。健康な胃袋が30個もあれば、どんなことになるか。みなさんおわかりでしょう。
にぎやかに語らい、楽しかった。でも、俺は笑いながらも淋しかった。この3年生たちは、あと数日で本当に桜丘高校からいなくなる。今までは、「卒業式が終わっても、部のお別れ会まではまだ一緒にいられる」と思っていたのに。とてもいい部員たちだった。放課後、グラウンドへ行くのが楽しみだった。夏合宿で辛い場面をともに乗りきった。一緒に参加した駅伝大会では「ちばさとー、ファイト!」と何度も言ってくれた。
「先生、待ってください」
店を出て、「じゃ、みんな元気で」と帰ろうとすると、3年生たちに呼びとめられた。(ちばさとは、お別れが苦手なので、こういうとき、さっさと帰るタイプなのだ。自分が先にいなくなれば、俺の頭の中で、みんなはいつまでも楽しく語らい続けるような気がするのだ)。3年生全員が一列に並ぶ。
「今までどうもありがとうございました」
顧問3人に、それぞれ寄せ書きの色紙。それと、きれいなペン。もらってしまった。受け取った手が熱くなる。
このあとの4月は怒涛の忙しさ。高校教員13年目を迎えても、毎日が全力勝負だ。感傷にひたってはいられない。(この連載も、更新が滞ってしまい、本当にすみませんでした)。
それでも、俺の胸のポケットにはお守りがある。辛くなったら、これを見ることにしよう。俺の名前が彫り付けてある、きれいなペンを。
やはらかく日差し射し入りペンを持つ こぶしの影のなかに字を書く
宮英子『婦負野』
千葉 聡 @CHIBASATO
1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『飛び跳ねる教室』『短歌は最強アイテム』など。ショートショートと現代短歌を組み合わせた新刊『90秒の別世界 短歌のとなりの物語』(立東舎)も好評。
今年度、高校では5つのクラスを、大学では2つの講座を担当します。一週間で接する生徒・学生は217人。今、顔と名前を覚えています!
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