世界でも、日本でも、「社会の分断」が指摘されて久しい。一方で、世界のボーダーレス化は進み、コロナ禍を経ても、その流れは止まることがないように見える。そんな今だからこそ考えてみたい。多文化は共生できますか? (早稲田大学・朴珠嬉、写真も)
地域とつながり
JR大塚駅からアラビア語や中国語、英語など、様々な言語で書かれた看板を見ながら商店街を歩くと、白壁に緑色の円えん錐すい形の屋根が載った独特の外観が目に飛び込んでくる。「マスジド大塚」は、イスラム教の礼拝堂「モスク」。マスジドとは、モスクをアラビア語で表したものだ。
「パスタ、段ボールで届きました!」「そこに運んでおいて」。汗を流しながら段ボールに入った食べ物を運ぶのは、慶應義塾大学の学生たち。この日行われる、ホームレスへの炊き出しの準備に忙しい。
「子ども食堂、小学校、いろいろな人とつながれるのが魅力です」。総合政策学部3年の長谷川護さんが話してくれた。自身もムスリムである長谷川さんは、ゼミが展開する「ムスリム共生プロジェクト」に所属している。
「なんかよくわからないけど怖い」「豚肉やアルコールはダメなんだっけ」。イスラム教と聞くと、このようなイメージを持たれがちだ。長谷川さんたちは、イスラームへの理解促進やポジティブな情報の発信、地域の活性化につなげようと、マスジド大塚との活動を2021年から始めた。家庭などから余った食料を集めて他の団体に配布する「フードドライブ」もその一つ。社会とのつながりを通して理解を深めてもらうのが狙いだ。
ムスリムであり、日本人
長谷川さんは19歳の時にイスラム教に改宗した。高校生の時にアルバイトをしていたファストフード店で東南アジア出身のムスリムの友人が多くできたことをきっかけに、宗教だけでなく、その背景にある文化にも興味を持ったという。
「私はムスリムであり、日本人」とさらりと語る長谷川さん。「アイデンティティーは重なり合い、掛け合わされるもの」と考えている。性別や国だけでなく趣味や職業、年齢など、その人を形作る要素は複数ある。「大切なのは、一つの属性だけでその人を判断するのではなく、一人の人間として認めること」と力を込める。フードドライブや炊き出しを通じて、お互い「顔」の見える関係性を目指している。
夕暮れとともに、炊き出しが行われる東池袋公園に長い列ができる。高層ビルの谷間にある公園に漂う香辛料の香りと熱気。「大塚モスクのビリヤニです」とボランティアたちが次々に手渡していくと、用意された500袋以上があっという間になくなった。長谷川さんたちが、毎月第4土曜日に、ホームレス支援を行うNPOに協力する形で行われている活動は、まさに「共生」の場とも言える。
すぐ横に設置された別の団体による健康相談のコーナーでは、けがの治療や点滴を受ける人の姿も見える。様々な困難を抱えながら日本で暮らす人々が集う場所。ここでは、「ムスリム」であることも、一つの要素でしかないのかもしれない。様々なルーツを持つ人がつながり、共生する場。そんな「つなぎ目」の一つが、「マスジド大塚」なのだ。
炊き出しの終了後、モスクで東南アジア原産の「ジャックフルーツ」を食べた。硬い皮で覆われた外観からは想像もつかない甘さが全身にしみる。「どう? おいしいでしょ」。友人になったばかりのスリランカ人のルピカさんがほほ笑む。ルピカさんはムスリムではないが、大学のゼミを通じて「マスジド大塚」を知ったという。
物事を見た目や先入観で判断しないこと。色眼鏡で見ることなく、相手を一人の人間として理解し、受け入れること。共生への道は、そこから始まるのだろう。
【ムスリム】 イスラームの教えに従って生活する人々のこと。世界人口の4分の1を占める約19億人いるといわれ、日本にも20万人以上が暮らしているとされる。
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