10代の裁判員が間もなく法廷に参加します。成人年齢引き下げに伴う法改正により、2023年分の全国の裁判員候補約21万人には、18歳と19歳の計3700人超が含まれています。殺人や住宅への放火など重い罪を裁くことになります。10代の日常とはかけ離れた犯罪を「自分事」として考えることができるのでしょうか。東京都内で3月19日に行われた高校生による文学模擬裁判を取材し、考えました。
(早稲田大学・朴珠嬉)
文学作品題材に高校生が模擬裁判
文学模擬裁判は著名な作品を扱い、登場人物が有罪かそうでないかを検察側、弁護側に分かれて争います。現在、龍谷大学准教授を務める札埜和男さんが中心になってきました。これまで芥川龍之介の『藪の中』、森鷗外の『高瀬舟』などを取り上げてきました。『高瀬舟』は江戸時代、病床の弟を殺したとされる罪人と、護送する同心のやり取りを描いた作品です。札埜さんはこの時の模擬裁判は「安楽死」が隠れたテーマだったと指摘します。
中央大学杉並高校のメンバーも鋭く迫った
「名作は人間や社会のあり方を考えさせるからこそ、読み継がれてきました。模擬裁判の題材にすることで、高校生の考えは深まります。時代も価値観も違う、自分とは別の人間になりきって、被告人や証人を演じることが大切です」。文学模擬裁判には、10代の日常とはかけ離れた出来事を、自らに引き寄せて考えるヒントがあるようです。
司法参加へ「当事者意識」育む
今回はどうだったでしょう。昨年夏以降、オンライン形式で開かれた2回の大会でそれぞれ優勝した神戸女学院高等学部(兵庫県)と中央大学杉並高校(東京都)が対戦しました。題材は上方落語「河豚鍋」です。江戸時代の商家の主に勧められて河豚鍋を食べた手代が毒にあたって亡くなります。主が殺人罪に問われるのかどうかが争われました。
隠れたテーマは「パワハラ」でした。主が立場を利用して、毒があると知りながら、殺意を持って、手代に河豚を食べるよう強要したとなれば有罪です。 検察側の神戸女学院高等学部は、主の妻を証人に呼び「夫はきつい口調でしつこく河豚を食べるよう勧めていた。(手代は)『勘弁してください』と返していた」という証言を引き出しました。弁護側の中央大学杉並高校の狙いは、妻の証言の信憑性に疑問を持たせることです。主は「結婚当時から恋愛感情はなかった」と述べるなど、夫婦の不仲を印象づけました。
終了後は裁判長役の弁護士や関係者と一緒に模擬法廷で記念撮影
事実上の高校日本一を決める熱戦は、裁判官、裁判員、傍聴人として参加した全員による投票の結果、神戸女学院高等学部が制しました。文学模擬裁判の意義について改めて札埜さんに聞くと、こう答えてくれました。「罪を犯したかもしれない被告人に対して共感はできないだろうが、共感的であろうとすることはできる。被告人と自分自身は全く別の世界の人間ではない。『地続き』の関係にあるという意識を持つ気づきになれば、と思う」。もし自分だったら......文学模擬裁判は、市民の司法参加に欠かせない当事者意識を育む舞台でした。