「幸せな国」の学びのカタチ ~ デンマークの大学事情

 コロナ禍で問われた「大学のあり方」。オンライン授業の日々で、「学びの形」について考えた大学生も多かっただろう。九州とほぼ同じ広さを持つ北欧の小国・デンマーク。消費税率はEU圏最大の25%と高額な一方、教育・医療費は無料で、高福祉国家として知られる。2016年に国連が発表した「世界幸福度報告書」では「最も幸せな国」に輝いたこともある。デンマークで理論化学の博士号を取得し、現在は日本で研究員として働くボ・トムセン(Bo Thomsen)さんに、同国の教育について聞いた。(日本大学・田村杏菜、写真・図も)

 

ボ・トムセン(Bo Thomsen) 2005年、デンマーク・オーフス大学化学部入学。博士号を取得後、来日。特定国立研究開発法人理化学研究所を経て2019年から国立研究開発法人日本原子力研究開発機構で研究員を務める。

 

大学の学費は無料??

 

----デンマークでは、大学教育にかかる全額を国が負担するそうですね。日本の大学生から見て、この制度はとても羨ましいと感じます。

 

 教育にかかる費用は基本的に無料です。大学など高等教育機関でも、入学から卒業まで学費はかからず、給付型奨学金もあります。親は学費を負担することはなく、在学中の住居や生活費にも政府の補助があります。

 

----日本の学生は学費だけではなく、下宿の家賃や生活費などのためにアルバイトが必要なこともあります。デンマークは生活面の支援も整っているのですね。

 

 いいことばかりではありません。金銭的な支援がある一方で、進学に関しては決められた要件を満たす必要がありますし、「専攻」はある程度政府が調整しています。

 

----専攻を自由に選べない場合があるのですか?

 

 例えば、国内の化学者が、政府が確保したい人数に満たない場合、政府は積極的に化学専攻の学生を確保します。大学の定めた条件を満たせば、全員が希望通り進学できます。たとえ定員の2倍の志望者がいてもそのままの人数を受け入れるでしょう。一方、医学部などは設備費などの政府負担が高額なため、厳しい入学要件が定められ定員が制限されています。
 また、リベラルアーツを学んだ人は卒業後の働き口が少ないため、学生数を減らし政府の負担を減らすべきだという主張もあります。専攻の受け入れ先の数は平等に用意されていないのです。

 

デンマークの教育制度(文部科学省 「世界の学校体系」デンマーク王国から作成)

 

「浪人」ではなく、「実務経験」を積む機会

 

----大学進学はどのように決まるのですか?

 

 各学科で定められている科目を高校教育までに履修した上で、高校3年次に行われる高校卒業認定試験の成績が合格レベルを満たして入れば入学許可が下ります。私立大学はなく、たとえ家庭が裕福でも選択肢が増えるわけではありません。

 

----大学に入れなかった人は、いわゆる「浪人」になるのでしょうか?

 

 大学入学の申請は、Kvote1(7月)とKvote2(3月)の2通りがあります。Kvote1は高校を卒業してすぐに大学入学を申請する一般的なケースで、Kvote2は、Kvote1で進学要件を満たせなかった場合に、志望学科に関する何らかの活動を経てから入学を申請する方法です。Kvote2でも高校の成績が必要ですが、卒業後の活動もアピールポイントにできます。高校卒業後、一年間病院で働いた後(医療業務以外を経験)に医学科に入り医者となった友人がいます。彼は「病院の環境を分かっているので、高校を卒業したばかりの学生より優れている部分がある」とアピールしたのです。デンマークでは、日本の浪人にあたる期間は勉強に専念するのではなく、様々な経験を積む必要があります。

 

研究について英語で話せる人材に

 

----日本で働き始めたきっかけは?

 

 博士課程のとき偶然に日本で留学することになり、修了後、幸運なことに日本の研究所で研究員の候補者に選ばれました。本格的に化学者としてのキャリアを積むために、日本にやってきました。

 

----日本の学生にどんなイメージを持っていますか?

 

 研究機関で私が接する大学院生達は真面目で、既にプロのようにレベルが高いと思います。ひとつ注文があるとすれば、英語を話そうとする気概を持ってほしいということです。私もデンマークでは、イタリア、スペイン、フィンランド、ポーランドなど、様々な国の研究者と英語でコミュニケーションしました。せっかく高いアカデミックレベルを持っているのだから、もっと国際的なコミュニティのメンバーとの出会いがあれば良いと思います。

 

 

【取材を終えて】
 日本では、あまり深く考えずに専攻を選んで、4年間を何となく過ごしてしまう大学生も多い。日本の高校生は、進みたい進路、学びたい分野を決めることができているだろうか。2つの国を比較して、大学とは、教育とは、という疑問に、私たち自身も、もっと正面から向き合うべきだと感じる。トムセンさんは幼いころから、化学、特に物質を形作る原子に惹かれ、一途に研究を続けてきたという。文系の私からすると、理系の研究職は全く未知の世界だが、休日には2万歩以上もウォーキングをしたり、プラモデル作りを楽しんだりと、日本での生活を楽しんでいるようだ。学びの形は国によって違っても、好きなことに情熱を注ぎ、職業にする人生を、ロールモデルにしていきたい。

 

【デンマークの教育制度】
デンマークでは、6歳になると義務教育課程の「国民学校」の第0学年として就学前学級が義務付けられている。義務教育の「第10学年」の就学は任意で、生徒は1年間進路の模索や成績の向上などに専念する。日本の高校にあたる学校は「ギムナジウム」と呼ばれる。一般ギムナジウムに加え、専門分野を学べる「商業ギムナジウム」「技術ギムナジウム」などもあるが、日本の商業・工業高校とは異なり、ギムナジウムでは大学などの高等教育進学が前提の準備教育と位置付けられる。
 高等教育のうち、「総合大学」は、3年で学士、さらに2年で修士、さらに3年で博士がそれぞれ授与される。教育内容が職業に直結している実務志向型のプログラムを提供する「カレッジ」(3~4年)を修了すると「学士」または「職業学士」となる。高等教育機関は全て国立で、総合大学はデンマーク全体で8校しかないという。高等教育の在籍率は2013年時点で81%にのぼり、男性が69%、女性が95%となっている。

(文部科学省 「世界の学校体系」デンマーク王国などによる)

 

(2023年1月23日 12:00)
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