本の街 神保町の豊かな文化資源 ──ひじりばし博覧会2024
「本の街」として知られる東京・神保町の活性化を考える「ひじりばし博覧会2024」(東京文化資源会議主催、千代田区、読売新聞社など後援)が2024年5月5日、東京都千代田区の「御茶ノ水ソラシティ」で開かれた。上智大の柴野京子教授(出版流通論)が「夜からはじめる神保町」をテーマに講演した。どのように新たな街の魅力を引き出すかパネルディスカッションも行われた。
■パネリスト(敬称略)右から
◇柴野京子 上智大教授
◇高林孝行 東陽堂書店社長
◇中島 伸 東京都市大准教授(都市デザイン)
◇前田拓郎 弁護士
◇吉見俊哉 司会、国学院大教授(社会学)
基調講演「夜からはじめる神保町」
日曜や夜も 学び、遊びを楽しめる街に
柴野京子 上智大教授

しばの・きょうこ 出版取次会社勤務を経て、現在、上智大教授。専門は出版流通論やメディア論。著書に「書物の環境論」「書棚と平台」など。
神保町は大変、豊かな文化資源に恵まれています。「本の街」という強いブランドを持っていて、出版社や書店など、本に関連した産業が集まっている。大学や教育機関があり、比較的新しいギャラリーや、落語が楽しめるようなカフェなども存在します。
出版関係者を含めた社会人や作家、研究者、肩書を持たない在野の方を含めて知的なことに関心が深い人がたくさんいます。東京メトロと都営地下鉄の神保町駅を中心に、JRも御茶ノ水駅や神田駅を含めれば、数多くの路線を利用できます。
でも残念なことに、夜間や日曜日は店や大学が閉まり、人の行き来が少ない。「本の街」のブランドをアップデートすることが必要です。私たちは昨年、「神保町の夜から始めるプロジェクト」を始め、会合を重ねてきました。神保町の夜の空間を充実させ、文化資源を生かして生活や仕事、遊び、学びをより楽しめる街にできないか構想を練っています。
例えば、神保町は街と一体化した大学が複数あることが特徴です。街を一つのキャンパスに見立て、学びの場を提供できないか。大学教員だけでなく、様々な知識を持つ人たちが、書店や飲食店に集まってともに学ぶのです。研究者や市民が気軽に情報交換できるサロンのような場、書店をめぐるナイトツアーなどもよいかもしれません。
また近年、「本」を仕事にしたい若い人たちが増えているように感じます。書店員や図書館司書を知識専門職に位置づけ、彼らを育み、仕事を受け継いでいく仕組みを神保町の中から作ることも考えられます。
古書店や書店などが多く並ぶ神保町は、海外でも珍しい場所です。デジタル技術と組み合わせ、国内外の書店とも連携し、世界の中で神保町を位置づけて良さを伝えることも重要です。
神保町周辺は家賃が高いため、若い世代にとっては住みにくく、お店を利用しづらいなどの課題もあります。書店をはじめ、商業地域としての活性化も重要です。経済特区のような制度改革を行政に働きかけることも有効でしょう。新たな仕事や学びの街づくりのモデルケースを神保町で実現できれば、ほかの地域でも参考にできるはずです。
神保町が持つ豊かな文化資源
出版文化資源 | 本、関連産業、「本の街」のブランド |
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施設・機関 | 大学、(古)書店、図書館、宗教施設など |
人的資源 | 出版人、書店人、作家、研究者、学生など |
空間資源 | 大手町・丸の内・有楽町、日本橋・秋葉原、本郷などと近接し、複数の交通機関が使える立地 |
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独立商店、魅力的な飲食店、歩きやすい街並み
学生研究発表:神保町をこう変える
自分たちならば、神保町でどんな新しい試みに取り組んでみたいか。この地域に位置する共立女子大や明治大、専修大の学生などによる発表も行われた。
昭和レトロ 観光案内所 ビル計画... ──地元学生がアイデア
老舗の書店や古書店、飲食店が並ぶ神保町の「神田すずらん通り」の一角に、学生たちのシェアハウスや活動施設を開く計画を立てる。共立女子大で建築やデザインを専攻する学生たちは、この課題に挑戦した。
4年生の野中千聖さん(21)のグループは、レコードや本、喫茶の店を併設したシェアハウス「るるハウス」を作りたいと提案した。実際に通りを訪ねた際、「平日の昼にご飯を食べに出る社会人が集中する一方で、それ以外の時間は人が少ない」と感じた。若者たちの「昭和レトロ」人気に着目し、人が集まれる場を作りたいと発想した。
観光案内所「香神堂」の案を考えたのは、上野真弥さん(21)たち。「学生は神保町にいてもチェーン系の店に入りがちです。案内所を作って今あるお店を広めたい」。カレースパイス体験と案内所を組み合わせ、入りやすく工夫を加えた。
共立女子大では、神保町応援ゆるキャラ「じんぼうチョウ」も制作し、地域の行事に出演するなど街の盛り上げに一役買っている。
明治大で建築を学ぶ学生たちは、神保町に新たなビルを建てる計画を構想した。書店や古書店が並ぶ表通りと、小さな建物が並ぶ路地裏の雰囲気を生かすには、どのようなビルがふさわしいか頭を悩ませた。発表を終えた相良龍之介さん(20)は、「普段は学科の中での発表なので、色々な人に聞いてもらえて刺激を受けました」と語った。
模型を前に語る共立女子大の教員と学生たち(=左上)とゆるキャラ「じんぼうチョウ」(=左下)。発表する明治大の学生(=右)
座談会「神保町未来形──これからの担い手が語る」
神保町では近年、個性的な飲食店を開く店主や古書に関心を持つ新しい世代の登場、外国人観光客の増加など新しい動きが起きている。各セッションで紹介された。
癖の強い老舗 ──「濃い」品ぞろえ 店員も
鉄道やプロレス、アイドルなど「趣味の本屋」を掲げる「書泉グランデ」は、癖の強い品ぞろえで熱いファンの多い老舗書店だ。店員たちも濃い。店次長の大内学さん(45)は、自らの趣味である中世の西洋甲冑姿で売り場に立つことがある。
手がけた書棚の一角は、売り物の甲冑に加え、中世の歴史や語学の本がずらりと並ぶ。「店で大切にしているのは『世界観』。例えば、十字軍の歴史やラテン語といった関連書を一緒に並べて書棚の雰囲気を作ることで、店に直接来て、本を選ぶ楽しさを感じてもらえるはず」と力を込める。
最近は、外国人客の姿も目立つ。インバウンドを見込み、この春には「ウェルカム トゥー ジパング」の書棚を企画した。秋の恒例イベント「神田カレーグランプリ」に合わせ、店のオリジナルカレーも開発中だ。「神保町は、古書店や喫茶店など様々な店がある。外国人に浮世絵を置く店を紹介したこともあります。街を盛り上げ、店にも人が来てほしい」
西洋甲冑姿で売り場をPRする大内さん
古書 ──蔵書に厚み 思わぬ出会い
「国立国会図書館や大学図書館にない本がある。資料集めには欠かせません」
歴史社会学やメディア史を専攻する東京経済大准教授の大尾侑子さん(34)は語る。戦前の発禁本や戦後の粗悪なカストリ雑誌などを幅広く分析し、文化や教養とは何かを問い直す著書「地下出版のメディア史」(慶応義塾大学出版会)を2022年に出版した。
その際、資料を探すため神保町の古書店街を歩き、蔵書の厚みを知ったという。古書店で手に取った本に、内容見本や振込票といった意外な紙片が挟まっていることもある。インターネット古書店とはひと味違う購入の喜びや体験を楽しんでいる。
古書収集は中高年の男性の趣味のイメージはあるが、「最近は古書の即売会で、若い女性を見かけることもある」と話す。「学生のカップルならば、散歩ついでに古書店の特価本のコーナーを一緒に眺めるなど、若い人も神保町は楽しめると思います」
古書店を活用する大尾さん
古民家改装バル ──街の集いの場に
表通りから一歩入り、細い路地や小さな建物が並ぶ中で、アットホームな雰囲気を漂わせる日本酒バル「terrA」。古民家を改装したこの店は、知的で落ち着いた街の雰囲気を気に入った小栗山大介さん(36)と美紀さん(35)夫妻が、2019年にオープンした。
大介さんは登山や旅が趣味、美紀さんは音楽好き。「アウトドアや楽器の専門店が多い神保町は、2人の店にぴったり。お客さんと趣味の話で盛り上がることもあります」と話す。
開業以来、ほとんどがコロナ禍だったが、心配した地元の人や常連客が様子を見に来てくれたという。今年は、地元の祭りに夫婦で初めて参加した。
目標は、「街のコミュニティーの場」になること。「自分たちの得意な分野で街に貢献していきたい。地元の人もお勤めの人も帰ってこられて、初めての人も気軽に立ち寄れるような店にしたい」
神保町の路地裏にある日本酒バル「terrA」
◇東京文化資源会議
東京の上野や本郷、神保町をはじめ、江戸期から現代までの特色ある文化を持つ地域で、多様な文化資源を生かしたプロジェクトを進めている。官民学などの様々な分野の関係者が参加し、東京の魅力を掘り起こす試みを続ける。