直木賞作家・伊与原新さん&永井紗耶子さん、関西大学で語る...読書教養講座

関西大での2025年読書教養講座で登壇した(左から)永井紗耶子さん、伊与原新さん

 書物の楽しみを作家が語る「読書教養講座」(関西大学、活字文化推進会議主催、読売新聞社主管)が10~11月、大阪府吹田市の関西大学で行われた。直木賞作家の伊与原新さんと永井紗耶子さんが、創作への思い、自らを形づくる読書体験を語った。

 

科学と文学が創作の原点...伊与原新さん

いよはら・しん 1972年大阪府生まれ。東京大大学院博士課程修了。専門は地球惑星物理学。2010年、『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受けデビュー。19年、『月まで三キロ』で新田次郎文学賞。24年、『宙(そら)わたる教室』がNHKでドラマ化された。25年、『藍(あい)を継ぐ海』で直木賞を受賞。

 

 科学と文学が、私を形づくっている。日常の外にも広い世界があることを小説にしたい。幼い頃から創作に興味があった。父がエンジニア、母は短歌をやっていて、よく図書館に連れて行かれた。中高生の頃からSF、文学、ノンフィクション、歴史物、ジャンルを問わず読んだ。

 

 大学教員だった30歳代半ばの頃、実験で悩んでいた時に、ふとミステリーの核になるトリックを思いついた。1作なら自分にも書けるかと思い、夜な夜な書いて賞に応募した。落選だったが編集者に励まされ、2作目でデビューした。

 

 執筆より、調べ物の時間が長い。一見、関係なさそうな知識が結びつく瞬間、アイデアが生まれる。

 

 「月まで三キロ」は、子供とテレビを見ていたら一瞬、道路標識が映った。「小説になる」と思った。引力の関係で、月は1年に3・8センチずつ遠ざかる。昔はもっと大きく見えた。知ると、月の見え方が変わらないだろうか。

 

 『藍を継ぐ海』は北海道の東遠軽(えんがる)、徳島のある漁村など各地を舞台にした。ネット情報やガイドブックには自然科学系の情報は少ない。面白いことを知ると、小説にしたくなる。

 

 定時制高校が舞台の『宙わたる教室』では、「この科学部は僕の実験でした」と告白した顧問に、生徒の一人が「対象を信じて行う実験は、実験じゃない」と言う。読者の手紙に「相手を信じてやる実験は、教育です」とあった。現場の教員だという。僕もその時、初めて理解した。

 

 面白く読み、知らない世界を知って「いい時間の使い方が出来た」と思ってもらえたら。読めば元気になる、世界が明るくなる小説を書いていきたい。

 

今昔を行き来、手探りで歴史描く...永井紗耶子さん

ながい・さやこ 1977年神奈川県出身。慶応義塾大文学部卒。新聞記者、ライターを経て2010年、『絡繰(からく)り心中』でデビュー。『商う狼(おおかみ) 江戸商人 杉本茂十郎』で21年、新田次郎文学賞を受賞。23年に直木賞、山本周五郎賞を受けた『木挽町(こびきちょう)のあだ討ち』が映画化され、来年2月に公開予定。

 

 資料を探し、今と昔を行き来するようにして歴史、時代小説を書いている。

 

 江戸時代後半、永代橋崩落という大事故が起こった。復興に携わった実在の商人を描いた『商う狼』で、自信がついた。資料に「杉本茂十郎失脚」とあり、調べていくと、今ならインフラ老朽化、企業の内部留保、汚職と言うべき問題が次々に起きていた。選挙で政権交代とはいかない時代に、彼らはどう動いたか。

 

 書き進めるうちに脱線、大奥の場面が膨らんだ。編集者に「別の小説に」と勧められ、先に『大奥づとめ』が生まれた。両作品に出てくる歌舞伎から、芝居小屋の裏で行われた仇討(あだう)ちの真相に迫る『木挽町のあだ討ち』につながった。大枠を最初に決め、登場人物にインタビューするつもりで書き進めた。不遇の中にも幸せを見つける道筋がある。物語を書く者として、世の中を多角的に見ようと日々感じている。

 

 小学校の卒業文集に「将来の夢 作家」と書いた。新聞社に入ったが体力が続かず、フリーライターに転じた。リーマン・ショックで仕事が減った時、夢を思い出した。歴史を知っていても知らなくても、面白い小説を手探りしている。謡曲をよく読む。謡曲のストーリーはシンプルだが奥深く、アイデアをもらうことも。近代文学で名著だと思うのは太宰治。聖書に取材した「駈込(かけこ)み訴え」は歴史小説だと思う。軽妙な語りに引き込まれる。

 

 若い世代も文章にふれてほしい。SNSに代表される短いやり取りに慣れると、長文で語られる物語や社会の事象に対する理解力が落ちる。ライトノベルでも、10ページでもいい。いろんな本にふれ自分とリズムが合う文章と出会えたら、読書は楽しくなる。

(2025年12月23日 11:00)
TOP