「289ページ」語り抜いた室井優奈さんに栄冠【特集】全国高校ビブリオバトル決勝大会

「アヒルと鴨のコインロッカー」の魅力を語る室井さん

 高校生がオススメの一冊を5分間で紹介し合う「全国高等学校ビブリオバトル決勝大会」が1月26日、東京都千代田区のよみうり大手町ホールで開かれた。都道府県大会と読売中高生新聞大会を勝ち抜いた計49人が出場。観客約450人の投票で、「アヒルと鴨のコインロッカー」(伊坂幸太郎著)を紹介した栃木県代表の県立石橋高校2年、室井優奈さん(17)が優勝した。当日の模様はニコニコ生放送でもライブ配信され、約1万6000人が熱戦を視聴した。※出場49人の推し本リスト ※大会のYouTube動画

 

グランドチャンプ本「アヒルと鴨のコインロッカー」伊坂幸太郎著 東京創元社

栃木県立石橋高校2年 室井優奈さん 17

本だからこそ だまされる

 「289ページ。そこまで読み進むと、自分の勘違いに気づく。バラバラだったピースが一気につながり、正しい世界が見えてくる」

 若者の凶悪犯罪やペット業界の闇といったテーマを描いた社会派ミステリー。青春小説の側面もある人気作品だが、そうした内容ではなく、本の中で自身が最も驚いた「読者の勘違い」だけを発表した。

 

 289ページ目に判明するその勘違いの根底には、登場人物がつく「たった一つのウソ」がある。そして、これは「現実ではなく、紙一枚隔てた本の世界でのウソだからこそ、だまされる」。淡々としっかりした口調で続ける発表は、染み入るように観客の心をつかんだ。

 

 あらすじは「本屋を襲って広辞苑を盗む話」とだけ紹介。登場人物の名前や人物像に至っては何一つ伝えない。異例の発表内容にしたのは、「5分間に全てを詰め込むのは無理だし、これから読む人の楽しみを奪いたくない」と考えたからだ。グランドチャンプ本に輝くと、「100点の出来栄え。夏の終わりにこの本と出会い、図書委員の仲間の前で練習してきたおかげで、緊張を乗り越えられた」と破顔した。

 

 3年生となる来年度は受験勉強に集中し、ビブリオバトルはひとまずお休みする予定だ。「少しでも時間があれば本を開く」図書委員の将来の夢は、出版取次会社(書籍卸売業)の社員。本と読者を結びつける仕事につきたいそうだ。

 

準グランドチャンプ本「あと十五秒で死ぬ」榊林銘著 東京創元社

福島県立葵高校2年 細井淳一朗さん 17

作戦・根性 「最期」の勝負

 「15、14、13、12......」

 

 観客の心をつかむための大切な発表の冒頭を言葉ではなく、カウントダウンでスタートさせた。「何となく過ぎていくけど、一瞬でもない。CMも15秒。行動を起こすのに短すぎる時間でもない」と続けて、「15秒」を印象づけた。

 

 薬剤師の女性が後ろから何者かに銃で撃たれ、残された余命は......という「十五秒」など4編からなる短編集。

 

 「余命ストップウォッチ」で時間を止められ、残りは15秒間。その間は考えることはできるが体は動かせないという状況の中、何ができるのか。観客にじっくり考えさせながら、「並外れた作戦と根性で、大勝負をしかける。結末は、読んでからのお楽しみ」と語りかけて好奇心をくすぐった。

 

 全国大会の出場は5年越しの夢だった。実は中学1年のときに福島県大会で優勝したものの、コロナ禍で全国大会が中止に。夢の舞台には昨年、妹のみず保さんが先に立った。

 

 冒頭の15秒は、4年間の悔しさを考えれば長くなかった。練りに練った発表で見事準優勝。「全力を出し切った。悔いはない」。自然とガッツポーズをしていた。

 

ゲスト特別賞「僕は上手にしゃべれない」椎野直弥著 ポプラ社

徳島県立川島高校2年 加藤千洋(ちなみ)さん 17

自己嫌悪と闘い成長

 「みなさんは、授業中、答えがわかっているのに、『わからない』と答えたことがありますか?」。発表冒頭の問いかけは、とても静かだった。

 

 主人公は吃音(きつおん)に悩む中学生。思い切って入部した放送部で、自己嫌悪に押しつぶされそうになりながらも、周囲の人たちに助けられて成長していく......。

 

 小説の中に自分自身を見た。人前で話すことが大の苦手。授業で当てられ、先生から「もっと大きな声で」と言われた。恥ずかしくて、その場から逃げたくなった。「わからない」と小さな声で答えるしかなかった。

 

 でも、この本に出会った。担任にビブリオバトルへの出場を勧められた時も「どうして私? 無理だ」と思ったが、本を読み返すと、「私も変わりたい」という思いでいっぱいになった。

 

 壇上に立つ自身の気持ちを素直に語りかける姿は、観客の心を揺さぶった。会場では、発表の声を聞き漏らすまいと身を乗り出す人の姿も見られた。

 

 この本に刺激を受け、昨夏に書いた小説が、年末に「カクヨム甲子園」で入賞した。「言葉に向き合って、人に勇気を与える作品を書きたい」。本が教えてくれた道を進む。

 

自作の映像化語る...汐見夏衛さん&新庄耕さんの作家トーク

 自身が書いた小説と、映像作品の違いとは――。決勝前のトークセッションには、ともに自作が映画やドラマになって大ヒットした作家の汐見夏衛さん=写真左=と新庄耕さん=写真右=が登壇した。

 

 汐見さんは、太平洋戦争末期の日本を舞台にした恋愛小説「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」が2023年に映画化。映画館で観客がすすり泣く姿を目にしたといい、「本を読まない若者にも戦争のことが心に届き、考えてもらえた」と振り返った。空襲シーンの効果音や役者の演技など、映画と小説の表現方法の違いも楽しめたという。

 

 土地取引で企業から大金をだまし取る詐欺事件を描いた新庄さんの「地面師たち」は昨年、配信大手のネットフリックスでドラマ化されて話題を呼んだ。ホストや少女売春など小説にない要素が加わったことについて、「最初は嫌だったが海外で好評だった。見せ方が勉強になった」と話した。

 

 2人はそれぞれ「高校生に薦める本」も紹介した。汐見さんは「文体が面白くて主人公を応援したくなる」という荻原浩著「ハードボイルド・エッグ」と、「難解だけど挑戦してほしい孤高の小説」として佐藤亜紀著「天使」を挙げた。新庄さんは「マルチ商法の恐ろしさが伝わる本」として自著の「ニューカルマ」を薦めた。

 

 ※写真特集「第11回全国高校ビブリオバトル決勝大会」

今大会は「グッド質問賞」が導入され、質疑応答がより活発になった

 

 【主催】活字文化推進会議

 【主管】読売新聞社
 【協賛】日本書籍出版協会
 【協力】松竹芸能
 【後援】全国高等学校文化連盟、全国学校図書館協議会、日本書店商業組合連合会、ビブリオバトル普及委員会、大日本印刷、文部科学省、文字・活字文化推進機構

 

 ※この事業は、一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS)の共通目的基金の助成を受けて実施されました。

(2025年2月26日 21:00)
TOP