温暖化から海を守れ!VRで水中ドローンダイバーに(さいたま市立栄小学校)

マイワシとアカシュモクザメが目の前を泳ぐ

この記事は、教育ネットワーク参加団体「バーチャルオーシャン製作委員会」の活動を取材したものです

 

 VR(仮想現実)技術を使って、温暖化する海で起きていることを教室や家庭にいながら楽しく学べる映像教育プログラムが、コロナ禍の今、注目を集めている。任意団体「バーチャルオーシャン製作委員会」(代表・山田耕三、本部・東京都港区)が、海の環境に関心を持ってもらおうと、日本財団「海と日本プロジェクト」一環として、2020年に企画・制作したプログラム。360度カメラを搭載した水中ドローンが魚たちの群れの間近に迫って撮影した迫力ある映像が、次々と児童や生徒の前に登場する。緊急事態宣言が出されている中、「総合」の授業枠を利用し、環境を学ぶ課外授業として実施した「さいたま市立栄小学校」(さいたま市西区)の様子をルポした。

(教育ネットワーク事務局・秋山哲也)

 

水族館の映像 スクリーンに

 「レバーを押すと上、手前に引くと下を見ることができるよ。2人で協力してどんな魚がいるかたくさん写真を撮ってね」。進行役の女性が操縦席の子どもたちに声をかける。子どもたちはうなずきながらレバーを動かす。バーチャルオーシャン製作委員会が神奈川県内の水族館の水槽内で撮影した映像が大型スクリーンに映し出されると、歓声が上がった。

 1月14日、一般教室の3室分の広さがある栄小学校の多目的室で開かれた授業のタイトルは「ドローンダイバーになって海のお仕事を体験しよう」。5年生の3クラス全児童98人が対象だ。密を避けるため、クラスごとに3回に分けて行われた。

 子どもたちは、水中ドローンを使って海中の調査をする架空の会社「VOP水中ドローンカンパニー」のスタッフという設定。女性の本業は劇団員で、この会社のチーフというのがこの日の役回りだ。

水中ドローン(Underwater Drone)

 水の中を潜行する小型無人機の総称。操縦者は船上や陸上からケーブルを使い遠隔操作によって機体の操縦を行うことができる。空を飛ぶドローンと同様に、カメラを搭載しリアルタイムでの映像確認や撮影を行うことができるため近年、学術研究や、建設分野の調査など産業用としての需要が高まっている。

操作中の子ども

 

ミッション開始

 プログラムの最初には、ドローンカンパニーでキャプテンをしているという役割の男性が、オンライン画面で登場した。

 「地球温暖化は海の中でも進み、今までそこに住んでいた生き物も場所を移し、生態系の変化を引き起こしています。またマイクロプラスチック(5mm以下のプラスチック)が流れ込み、海を汚しています。だから我々の会社は大忙しです。今日は皆さんに我々の仕事を手伝ってもらいます。仕事を通じて海について学び、自分にできることを考えていただければうれしいです」。

 ピロローン。着信音が響く。海洋生物研究所研究員からのメールだ。「漁師さんから東京湾で相次いで南の魚が揚がっているという話を聞いた。その調査を依頼したい」。ミッション開始だ。

 水中映像が流れ始める。大型スクリーンを見上げる「ドローンパイロット」の席には子どもたちが2人ずつ交代で着き、魚の「調査撮影」が始まった。一人が搭載カメラを左右上下に操作し、もう1人が撮影を行う。映像を「撮影」(キャプチャー)するたびにパッシャーとシャッター音が響く。同時にその魚の名前や特徴の解説などが画面に登場する。

 チーフが、子どもたが撮影したに魚にコメントを加える。「ドリー(ナンヨウハギの愛称)はけっこう目立つよね。アオウミガメも撮れたね。なぜアオウミガメかというと脂肪が青いんだって。見た目が青いわけじゃなくて」。子どもたちは「へー」と声を上げる。

 順番を待つ子どもたちも「あ、ナンヨウハギだ!」「サバビーだ。ニザダイ?」と知っている魚の名前を口にする。日本財団海洋チームなどが監修したグラフィックも随所で登場する。海で起こっている問題点が分かりやすく整理されている。

ニセカンランハギが大写しとなった

 

海中の雰囲気演出

 栄小は、コロナ禍で運動会などの屋外行事の一切が中止に追い込まれた。「久々の屋外行事の気分を教室にいながら児童たちに感じてもらいたい」。学校側からバーチャルオーシャン製作委員会に希望が伝えられ、スクリーン両側の壁一面には、海中の雰囲気を演出する青いLED照明が当てられた。

 水中映像の投影は、大型スクリーンの背後に映写装置を置いて行われている。狭い教室でも、大きな画角を確保できる。後方の
席にいる子どもたちも、前で撮影する子どもたちと同じく海の中の雰囲気を味わうことができる。

 「みんなお寿司は好きかな。2050年にはこんな感じになってしまうかもしれないんだ」。チーフが話す内容を示すグラフィックが写し出された。イカやマグロなどのネタがなくなってしまった将来の寿司メニューだ。タマゴ、サバ、ヒラメしかない。

 驚く子どもたちにチーフが「原因は取り過ぎちゃうことと、地球温暖化による海水温の上昇で環境が変わってしまうこと」と説明すると、子どもたちは納得した様子だ。サバは回遊性があり生息する場所を簡単に移動できる。ヒラメは現在は日本全国の沿岸で取れるが、将来も東北や北海道にかけてなら生息は可能だ。

「2050年の寿司メニュー」が画面に登場

 

温暖化 食い止めたい

 2学期の社会の学習で魚がとれなくなっている水産業の現実を学んでいた5年3組の加藤結(ゆい)さんは授業の感想を話してくれた。

 「私たちの行動で魚の命がなくなってしまうのは悲しい。だから海を守っていきたいなと思います。(コロナ禍のなかでも)水族館とか行った気分になって楽しかったです」。

 ほかの子どもたちも「詳しい特徴まで知らなかった魚のことを知ることができてよかった」「いつも食べている魚を間近で見ることができてよかった」「地球温暖化など魚がいなくなってしまうのはさびしい。それを食い止めて海を守っていかなければいけない」「養殖の様子も水中ドローンで見てみたい」と感想を語った。

 5年1組の授業の最後、同組担任で学年主任も務める星野藩(まもる)先生が締めくくった。「水族館も閉まっている今、学校の場に、このような水中にいるような環境を作ってくれたことで、皆さんが海の環境に興味を持って考える第一歩になったかなと思っています」。

水中ドローン自体についているカメラが撮影した写真も登場。黄色い水中ドローンの端に付けられているのが360度カメラ

 バーチャルオーシャン製作委員会は「来年度も引き続き、病院内に特別に設置され、なかなか海を体験できない児童がほとんどの院内学級や、一般小学校向けに授業を行いたい。今回のように学校現場に赴き機材を設置するスタイルが理想だが、コロナ禍も継続していた場合はリモート型に切り替える事も可能。それぞれのリクエストに応えていきたい」と話している。連絡先は、vocean.create@gmail.com(山田耕三代表)

SDGs関連で受賞も

 このプログラムは2019年度の当初、箱根園水族館や、横浜・八景島シーパラダイスの水族館「アクアミュージアム」と連携し、一般来場者や体の不自由な人がVRゴーグルをつけ、水槽内の産業用水中ドローンを操作する体験イベントとして始まった。人の視線にしたがって動く操作システムも開発され、海に足を運ぶことができない体の不自由な人たちも海中を泳いでいるような体験を可能にした。海洋プラごみや、海の現状や環境変化を伝えようと活動する日本財団の「海と日本プロジェクト」の支援事業として同年認定された。

 2020年にはSDGs(持続可能な開発目標)の4番目「すべての人に質の高い教育を」の観点から、IAUD(一般財団法人 国際ユニバーサルデザイン協議会)国際デザイン賞金賞を共同受賞している。

 その後同委員会は、5G通信を利用した障害者支援について研究する企業や大学とも連携。院内学級の児童や生徒向けに、「お仕事体験型」授業プログラムへと発展させ、双方向性が加わった。

 昨年12月25日には愛知県の院内学級の小中学校生を対象に行われた授業は、完全オンラインで、川崎市のスタジオを結んで実施された。

 1月24日(日)には、箱根園水族館のスタッフによる解説なども加わった教育動画としてユーチューブで一般ライブ配信され、100人以上からのコメントも寄せられた。

取材を終えて

 今回の授業で水中ドローンの操作を体験したことで、子どもたちは海の温暖化で注目を集める水産養殖業への関心を寄せたようだ。この体験が、日々の生活で環境について考えるきっかけになったことだろう。

 360度カメラを水中ドローンに搭載し、多彩な海の魚を密度高く飼育する水族館の水槽に持ち込んだバーチャルオーシャンプロジェクト製作委員会のアイデアは秀逸だ。より多くの子どもたちに海への関心を高める機会を提供している。今回の映像教育プログラムのタイトルの一部に「ドローンダイバー」という造語を用いたのも、水中ドローンを操作し需要に答えることが、実際に水中に潜って職業として潜水作業を行う人の安全面からも求められつつある状況を表現したかったのだろう。

 私はスキューバ式潜水で魚たちの水中取材を行うこともあるが、呼気を排出した際に出る泡やその音により魚たちは逃げていくことが多い。しかし水中ドローンなら、魚たちからも警戒心を持たれずに、群れの中にも容易に入りこんだ興味ある映像をとらえることができることにも改めて気付かされた。

 2つの超広角レンズを前後に付けて同時に撮影した画像データを記録する360度カメラの特性も、今回の双方向性実現のためには欠かせなかった。児童によるお魚たちの「撮影」は、すでに撮影、記録保存されている映像のうち、表示されていない上下左右の画面の部分を改めて切り取る「キャプチャー」にあたる。「カメラの向きを変える」役割を分担する児童と、「撮影」を担う児童が協力して行うことも授業を受ける一体感を持たせることに成功している。(秋山哲也)

 

(2021年2月12日 21:00)
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