大学を歩く:10年連続で志願者数が増え続けている大学

大学を専門に取材する記者のコラムです

 

 言うは易し、行うは――の好例は、大学での情報公開かもしれない。国が法令改正までして推進を迫って久しいのに、読売新聞「大学の実力」調査の一覧表を眺める限り、まだ先は遠いと感じる。

 とりわけ「非公開」が目に付くのは、入試方法別の退学率だ。一般入試やAO、指定校推薦などそれぞれの関門を突破した学生が4年(医歯学部などは6年)間でどのぐらい退学したかの割合を表す。学生の経済状態、学業内容、大学の方針なども絡み、高いからといって一概に大学に非があると言えない項目なのに、公開が進まない。消極的な大学はむろんホームページやパンフレットでも同様の姿勢で、並ぶのはカラフルな写真や抽象的なPR文句ばかり。受験生がキャンパスライフを具体的に想像できる仕掛けには、なっていない。

 

学生が集まるラウンジには、ゴミが落ちていなかった。学内が荒れていた時代、たばこの吸い殻とゴミの山だったという

 公開に積極的なところもある。その一つが福岡工業大学だ。「悪い情報も隠しません」と口調も明快なのは、山下剛事務局長。調査への回答にとどまらず、パンフレット類でも、定員充足率や留年・退学者数のほか、第一志望なのか、滑り止めなのかといった受験生側の意識まで一目でわかる「志願者・合格者・入学者」データも掲載している。

 

 1954年に福岡高等無線電信学校としてスタートした同大は、急速な経営拡大路線がたたって68年に破産し、73年に福岡工業大学として再出発した。本格的な再建の緒に就いたのは97年。かつてプロ野球「福岡ダイエーホークス」の球団社長を務めた鵜木洋二理事長が就任してからだ。

 まず鵜木理事長が重視したのは「危機感の共有」だった。高止まりした退学率、減り続ける受験者で財務は困窮していたにもかかわらず、大半の教職員は無関心。割り箸の箸袋に「○○○万円」と書きなぐって研究費を要求したりする横暴がまかり通っていたという。

 

 そんな状況打破のために、あらゆる経営情報を公開し、問題意識を持つことから始めた。財務情報などを集めてパンフレットを作成するのは、研修も兼ねて新入職員の仕事とした。予算審議の場を学内に公開し、教職員には要求する予算の詳細説明を求めて、「本当に学生のためになるかどうか」を判定基準にガラス張りで審査するようにした。職員が高校を訪問する際には、受け入れた卒業生のその後を包み隠さず伝えることにした......。

 こうした風通しの良さが、次第に教職員だけでなく学生も変えた。かつては「地域のお荷物」とさえ言われた学生たちが自主的に学内外の清掃活動に乗り出したり、見知らぬ客人にあいさつしたりするようになったのだ。

開館と同時に図書館に入り、授業の課題に取り組む学生たち

 そして、学生の変化は志願者数の増加につながっていった。10年連続増を果たした今春は6,939人と、実に10年前の2倍以上。近くの福岡県立香椎高校に19年勤める進路指導主事の吉武康行教諭も、「まったく変わった。学生を育てられる、良い大学にしようという志を感じる」と驚きを隠さない。同校からは今春、8人が入学したという。

 

 だれのための情報公開か。改めて原点に立ち返れば、答えはおのずと明らかだろう。大学の誠意がいま、問われている。(読売新聞専門委員 松本美奈)

 

※「入試方法別の退学率」は冊子>>「大学の実力2016」(中央公論新社)に掲載しています。

(2016年5月18日 10:15)
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