[20]いつか箱根で会いましょう
桜丘高校の教諭をしながら、大学の兼任講師もしている。金曜の夜には國學院大學に、土曜日の朝には日本女子大学に(前期のみ)行く。
「今日は、大学に行ってきます」
ときどき生徒にそう話すと、「頑張って勉強してきてね」と言われる。「空いている時間に大学で学んでいる熱心な先生」だと思われたようだ。
「いや、俺は教えに行っているんだよ。教職課程の『国語科教育法』とか、文学部の『創作技法論』とか。講師なんだよ」
すると「ちばさと、大丈夫? 大学生からナメられないように頑張ってね」「何かあったら言ってね」「大学に行く前に、難しい本を読んでおかないといけないんじゃない?」と言われる。
老いては子に心配され......。
1月2日、なにげなくテレビを見ていたら、箱根駅伝で國學院大學が大躍進の「往路2位」だった! これは応援に行かなければ!
完走をなせし男(お)の子はゆらゆらと紙飛行機のごとうずくまる
上野久雄『バラ園と鼻』
翌日、ネットで駅伝コースを調べ、家から徒歩20分の保土ヶ谷橋交差点へ応援に行くことに。一応、テレビに映っても大丈夫なようにスポーティーな私服で行く。だけど、本当に応援に行ってもいいのだろうか。事前に応援団員の募集とかがあったんじゃないだろうか?
餅の食べ過ぎで足取りはよろよろしていたが、保土ヶ谷橋が近づくと、だんだん熱い気持ちになってきた。どこから来ているのかわからないが、たくさんの人、人、また人。いつもの保土ヶ谷橋ではない。
交差点では係員さんが読売新聞の小さな旗を配っていた。読売のマークと全出場校名がプリントされている。いいぞ! これはいい! これがあれば「ふらりと見に来た人」ではなく、「ちゃんと応援に来た人」に見えるだろう。それに俺は、読売新聞の紙面ではないが、この読売教育ネットワークには連載をしている。主催新聞社の身内のようなものだ(読売さん、ちょっと厚かましくてすみません)。よし、堂々と応援するぞ。
交差点から少し離れたところに國學院大學の横断幕が見える。さりげなく近くで応援させてもらおうか、と思い、ちょっと寄ってみる。
「あ、千葉先生じゃないですか!」
國學院の野球部監督のS先生がいた。良かった、知り合いがいた。旅の途中で友だちに再会した気分だ。新年のご挨拶をしたら、なんと「ちょうどいいところへ来てくださった。先生も旗を持ってください」と大きな旗を任された。
「先生なの?」
「先生が、わざわざ来てくれたの?」
周囲の方々から声をかけられる。こういうとき「本職は高校の教員なんです。今、國學院には非常勤講師として週に一度だけ行っています」なんていう長ったらしい説明はいらない。
「はい。一緒に応援させてください」
こう答えるしかない。
今、國學院の3年生だという若者がいる。ご子息が二人とも國學院を卒業したというご夫婦がいる。國學院の近くの会社に勤めていたという人もいる。とにかくみなさん、熱い。
「あと十分ほどで選手が来ます」
タブレットでテレビ放送をチェックしている方が、声をかけてくれる。旗を持つ手に力がこもる。
「もちろん國學院を応援するけれど、どの大学にも声をかけようね」
誰かが言う。もちろんだ、とうなずく。
「先頭の青山学院が来ました!」
「がんばれー」とか「ファイトー」とか、大声が湧きおこる。俺も声を張りあげるが、周囲の声が大きすぎて自分の声などはっきり聞こえない。
そして、選手は目の前を鮮やかに走りすぎていった。
だれよりも早く走れる男いてとうとう空に溶けていったの
東直子
「あ、もう行っちゃった!」
「でも、すぐ次が来ますよ」
この時点で國學院は3位。この区間のランナー・茂原くんが来たときには、旗も横断幕もぐんと高く掲げて、「國學院、茂原くん、ファイトー」と力の限り声を張りあげた。気持ちよかった。だが、これで終わりではない。
「また、すぐ次が来ますよ」
放送チェックの方の声に、われらが國學院大學応援チームは、またメガホンを構えた。そして、すべてのランナーに大声で「がんばれー」と言い続けたのだ。
みなさんお互いにお礼を言い合ってから解散。井土ヶ谷方面へと歩きだしたら、同じ方面の方が声をかけてくれた。
「先生、また来年も応援に来てくださいね」
「はい。もちろん。こちらこそよろしくお願いします」
そして二人で「いつか箱根に行って、復路の出発を応援したいですね」と夢を語り合い、お別れした。
國學院の関係者で良かった。読売新聞の関係者で良かった。自分が関係者だと思える場が多くなれば、きっと毎日はもっと面白くなる。いろいろな人とつながる可能性が広がる。
誰かを心から応援する機会を、これからも増やしたい。
千葉 聡 @CHIBASATO
1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『短歌は最強アイテム』『90秒の別世界』など。「短歌研究ジュニア」の編集長も務めています。
もうすぐセンター試験。試験当日、小さな保温水筒に温かい飲み物を入れて行くといい。それに、チョコレートを少し持って行くのもいいよ。体に気をつけて、みんなで一緒に乗り切ろう!
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