大学を歩く:「500万円」の留学で何が変わったか

大学を専門に取材する記者のコラムです

 

 「早稲田大学の『500万円』とは、何ですか」――。読売新聞「大学の実力」2015年調査を発表したところ、直後から問い合わせが相次いだのが、その金額についてだった。

 

 学部必修の海外体験・留学プログラムの有無、期間のほか、学生の費用負担の実態を尋ねた設問で、同大国際教養学部の留学費用が群を抜いて高額だったのだ。ちなみに、必修と答えたのは100大学で、そのうち8割は私立大学。1か月未満から2年まで期間に大きな差があり、当然、金額にも差がつくわけだ。

 

 同学部では2004年の開設以来、1年間の海外留学を義務付けている。回答は単に500万円となっているが、詳細を聞くと、大学が全額を負担するケースもある一方で、最大500万円を自己負担して留学した学生もいた、ということだった。

 

 金額だけをみれば「高い」と思ってしまうが、学生自身に尋ねると、「その価値はある」という。300万円かけて留学した3年生の有田めぐみさん(21)は「学ぶ面白さを初めて知った」と話す。14年8月から15年5月、米国のカリフォルニア大学バークレー校に留学したが、先生の話を聞くだけという一方通行型授業が当たり前の日本とは異なり、先生への批判も辞さない学生たちの活発な議論に強い衝撃を受けた。議論の輪に入るため、24時間開いている図書館で明け方まで大量の文献を読み、論文を書き、他の学生たちに必死に話しかけて、議論のきっかけを狙った。「受け身ではなく、自ら行動するようになりました」と成果に胸を張る。

 

 4年の伊藤かなのさん(22)の留学費用は、回答にあった500万円。事前に勉強し、満を持して米国イエール大学に留学したが、初めは全く発言できなかった。ひとつの授業に臨むため、事前に4~6冊の本を読んでおくのが「当たり前」という学生にもまれ、「こんなに勉強したことはなかった」と振り返る。多様な学生たちと議論する中で、「柔軟性と積極性を身につけた」と語り、いつか国際社会に役立つ仕事を、と考えている。

 

 二人とも「いつか親に費用は返さなきゃ」と笑顔で話しながら、留学現地での体験を口にする時は真顔になる。共通するのは、「大学とは何か、教員も学生も意識が違う」ことだ。例えば留学先では、課題を出されたら真っ赤に添削されて返却されてきたことに驚いたという。そんな経験がこれまでになかったのだ。さらに点数がとれるようにテスト前に「過去問」が教員から配られたり、学生同士でコピーしあったりなどという、日本ではおなじみの風景は、ついぞ見ることがなかったとも。

 

 エイドリアン・ピニングトン学部長は、留学の最大の成果を「大人になって帰ってくることだ」と話す。では、真剣に学び始めた大人の学生たちが毎年増えながら、なぜ一方通行型の授業はいまだに「当たり前」のままなのだろう。学生は変われども......。(読売新聞専門委員 松本美奈)

(2016年1月19日 12:24)
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